続 追想と翼望(ついそうとよくぼう)君がいるから僕の時間が動き出す

 エレベーターが1階に着くと、人の気配がしたので、藍は思わず旭を突き飛ばした。まさかの展開に油断していた旭は背中を思いっきり壁にぶつける。左手で右肩を掴むようにして顔をしかめた。

「痛」

扉が開くと数人が立っていて、痛がる朝日を呆然と見ていた。

「先生、何してるんですか?暴れるから…すいません出ます。早く行きますよ」
「暴れてない」
「もう、何言ってるんですか」

旭の手を引いて急いでエレベーターから降りた。

「めっちゃ、痛いんだけど」
「すいません。付き合っている訳でもないのに、いい年してバカップルに見られたくないんです」
「気にすることない。どう思われようと放っておけば良い。また会う訳でもないのに」
「何言ってるんですか。先生は結構、有名人ですよ」
「近頃は本離れしている。読者人口減っているのに?」
「ドラマや映画で有名です。ペンネームでないので名前や顔でわかります」
「そうかな?みんな興味ないと思うけど」
「そんなことないです」

 藍が、強い口調で言ったのは、美しい容姿に誰もが魅了されるからだ。ましてや文才もあり、資産も相当あるのだから放っておく女性はいない。

藍に興味があるならば、若さゆえに年上の女性に憧れる一時の病と同じだ。熱が下がれば風邪が治るようにすぐに目もくれなくなる。そう考えるだけで藍は、ものが悲しくなった。

倦怠期とは言え、まだ彼氏がいるのだ。だからこそ穏やかにいたいのだった。

「食事はどこに行きますか?」
「どこでもいい」
「何が食べたいですか?」
「なんでもいい」
「なんですか?それ、お母さんが息子に今日は何食べたいって聞いてるんじゃないですよ。打ち合わせがてら食事して、明日の取材を充実したものにするためです」
「え、食事の時も仕事の話?それ味気ないでしょ」
「遊びに来ているんじゃないんです」
「はいはい。分りましたお母さん」
「なんでお母さんなんですか?こんな大きい子、産めないですから」
「小言かりで、親に言われてるみたい」
「ひどくないですか?それ」

笑いながら旭は駆け出した。藍は起こりながら追いかけた。2人の様子は、過去に戻った姿に見えた。幸せなひと時の遠い過去に。