「ただいまー」
って言っても、誰も反応しない。
当然「おかえり」なんて返ってこない。だって家には誰もいないんだから。
部屋にはお酒のにおいと化粧品のにおいだけが漂っている。
ーーどうして、いつもこうなんだろう。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
インターホンから聞こえてきたのは、落ち着いた男の声だった。
「篠宮麻美さん、いらっしゃいますか」
その声に、胸の奥がざわついた。
無視してはいけないーーそんな気がした。
恐る恐るドアを開けると、一人の男が静かに立っていた。
「......あ、あの。だ誰ですか?」
声が震える。
男は一瞬だけあたしを見て、ゆっくりと口を開いた。
「神崎勝也だ。篠宮麻美さんに用があって来たんだが......」
その名前を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「君は誰だい?」
「あたしは篠宮涼風。篠宮麻美はあたしのお母さん」
「なるほど。娘さんか。お母さんに用があるのだが、不在のようだな......」
勝也の声は冷静で落ち着いているが、どこか威圧感がある。
「......あ、そうですか......」
あたしは小さくそう言うと、思わず一歩下がった。
胸がドキドキして、手のひらが汗でしっとろする。
勝也は一瞬、涼風を見つめたまま黙っていた。
ーー息を飲むような静けさ。
その視線だけで、危険重圧を感じる。
突然、彼はこう言った。
「すまないが、上がってもいいか?」
いきなりのことで、あたしはパニックになった。
「えっ⁉︎あの...その...えっと」
「ああ、悪い。驚かせたな。変なことはしない。ただ、部屋を見せてほしい」
「あっそうなんですね!ごめんなさい!でも今、ちょっと散らかってて...それでもいいなら、どうぞ」
変なことはしないって言ってたから、大丈夫だよね......?
「ありがとう」
勝也は靴を揃えてから、ゆっくりと部屋に上がった。
その仕草は妙に丁寧で、あたしが思ってたような人には見えなかった。
部屋を見渡す彼の視線を、あたしは落ち着かない気持ちで追う。
散らかったテーブル。脱ぎっぱなしの服。そして、床にはそこら中に空き缶が転がっている。
見られたくないものばかりなのに、目を逸せなかった。
「......なるほどな」
ぽつりと、勝也が呟いた。
「あの......母に、何かようですか?」
恐る恐る聞くと、彼は少しだけ考えてこう言った。
「金の話だ」
その一言で、空気が凍る。
やっぱりそれかあーー。
「えっと......借金、ですか」
あたしの声は、自分でも驚くほど冷静だった。
勝也はゆっくりとこちらを見る。
「君は知っているんだな」
「......まあ、なんとなく?あの人のことですし...」
知らないふりなんて、できるわけがない。
っていうか、この生活で気づかないほうがおかしいし。
しばらくの沈黙。
時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえる。
やがて勝也は、少しだけ表情を緩めた。
「普通なら、もっと驚くことなんだが」
「ふっ、驚いた所でどうにもならないですし」
言ってて、なんだか少し笑えてきた。
本当に、どうにもならないことばっかりだ。
勝也はそんなあたしをじっと見ていた。
「……君、名前はなんと言ったか?」
「篠宮、涼風です。涼しい風と書いて涼風です」
「涼風か」
彼はその名前を一度噛みしめるように繰り返した。
「いい名前だな」
「えっ……ありがとうございます」
褒められるなんて、何年ぶりだろう。そう思いながら、あたしは少し戸惑った。
そしてーー
彼は静かに、とんでもないことを言った。
「一つ、提案がある」
「……提案?」
「このままだと、君は母親によって潰される。確実に。」
「……」
「だが、方法がないわけじゃない」
嫌な予感がした。
胸の奥が、ざわざわする。
「君、涼風。ーーうちに来ないか」
「……えっ?」
あたしはすぐに、この一言の意味を理解できなかった。
「うち、って……」
「神崎組だ」
その名前を聞いた瞬間、背筋が凍った。息が止まった。
「安心しろ。変なことはさせない」
淡々とした口調なのに、その言葉は妙に重かった。
「ただし」
一拍置いて、彼は続ける。
「一度来たら、簡単には戻れない世界だ」
心臓の音がうるさい。
逃げるべきだって、頭ではわかってる。
でもーー
「……なんてあたしなんですか」
気づけば、口が勝手にそう言っていた。
勝也は、ほんの少しだけ笑った。
「度胸がある」
「……え?」
「さっきから一度も、目を逸らさなかった」
言われて、初めて気づいた。
あたし、ずっとこの人を見てた。
怖いはずなのに。
逃げたいはずなのに。
「……それだけですか」
「それだけで十分だ」
その言葉が、なぜか胸に残る。
学校でも、家でも。
「いらない子」みたいに扱われてきたあたしにとってーー
初めて、誰かに「必要」と言われた気がした。
「もし断ったら?」
小さく聞く。
勝也は少しだけ考えてから答えた。
って言っても、誰も反応しない。
当然「おかえり」なんて返ってこない。だって家には誰もいないんだから。
部屋にはお酒のにおいと化粧品のにおいだけが漂っている。
ーーどうして、いつもこうなんだろう。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
インターホンから聞こえてきたのは、落ち着いた男の声だった。
「篠宮麻美さん、いらっしゃいますか」
その声に、胸の奥がざわついた。
無視してはいけないーーそんな気がした。
恐る恐るドアを開けると、一人の男が静かに立っていた。
「......あ、あの。だ誰ですか?」
声が震える。
男は一瞬だけあたしを見て、ゆっくりと口を開いた。
「神崎勝也だ。篠宮麻美さんに用があって来たんだが......」
その名前を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
「君は誰だい?」
「あたしは篠宮涼風。篠宮麻美はあたしのお母さん」
「なるほど。娘さんか。お母さんに用があるのだが、不在のようだな......」
勝也の声は冷静で落ち着いているが、どこか威圧感がある。
「......あ、そうですか......」
あたしは小さくそう言うと、思わず一歩下がった。
胸がドキドキして、手のひらが汗でしっとろする。
勝也は一瞬、涼風を見つめたまま黙っていた。
ーー息を飲むような静けさ。
その視線だけで、危険重圧を感じる。
突然、彼はこう言った。
「すまないが、上がってもいいか?」
いきなりのことで、あたしはパニックになった。
「えっ⁉︎あの...その...えっと」
「ああ、悪い。驚かせたな。変なことはしない。ただ、部屋を見せてほしい」
「あっそうなんですね!ごめんなさい!でも今、ちょっと散らかってて...それでもいいなら、どうぞ」
変なことはしないって言ってたから、大丈夫だよね......?
「ありがとう」
勝也は靴を揃えてから、ゆっくりと部屋に上がった。
その仕草は妙に丁寧で、あたしが思ってたような人には見えなかった。
部屋を見渡す彼の視線を、あたしは落ち着かない気持ちで追う。
散らかったテーブル。脱ぎっぱなしの服。そして、床にはそこら中に空き缶が転がっている。
見られたくないものばかりなのに、目を逸せなかった。
「......なるほどな」
ぽつりと、勝也が呟いた。
「あの......母に、何かようですか?」
恐る恐る聞くと、彼は少しだけ考えてこう言った。
「金の話だ」
その一言で、空気が凍る。
やっぱりそれかあーー。
「えっと......借金、ですか」
あたしの声は、自分でも驚くほど冷静だった。
勝也はゆっくりとこちらを見る。
「君は知っているんだな」
「......まあ、なんとなく?あの人のことですし...」
知らないふりなんて、できるわけがない。
っていうか、この生活で気づかないほうがおかしいし。
しばらくの沈黙。
時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえる。
やがて勝也は、少しだけ表情を緩めた。
「普通なら、もっと驚くことなんだが」
「ふっ、驚いた所でどうにもならないですし」
言ってて、なんだか少し笑えてきた。
本当に、どうにもならないことばっかりだ。
勝也はそんなあたしをじっと見ていた。
「……君、名前はなんと言ったか?」
「篠宮、涼風です。涼しい風と書いて涼風です」
「涼風か」
彼はその名前を一度噛みしめるように繰り返した。
「いい名前だな」
「えっ……ありがとうございます」
褒められるなんて、何年ぶりだろう。そう思いながら、あたしは少し戸惑った。
そしてーー
彼は静かに、とんでもないことを言った。
「一つ、提案がある」
「……提案?」
「このままだと、君は母親によって潰される。確実に。」
「……」
「だが、方法がないわけじゃない」
嫌な予感がした。
胸の奥が、ざわざわする。
「君、涼風。ーーうちに来ないか」
「……えっ?」
あたしはすぐに、この一言の意味を理解できなかった。
「うち、って……」
「神崎組だ」
その名前を聞いた瞬間、背筋が凍った。息が止まった。
「安心しろ。変なことはさせない」
淡々とした口調なのに、その言葉は妙に重かった。
「ただし」
一拍置いて、彼は続ける。
「一度来たら、簡単には戻れない世界だ」
心臓の音がうるさい。
逃げるべきだって、頭ではわかってる。
でもーー
「……なんてあたしなんですか」
気づけば、口が勝手にそう言っていた。
勝也は、ほんの少しだけ笑った。
「度胸がある」
「……え?」
「さっきから一度も、目を逸らさなかった」
言われて、初めて気づいた。
あたし、ずっとこの人を見てた。
怖いはずなのに。
逃げたいはずなのに。
「……それだけですか」
「それだけで十分だ」
その言葉が、なぜか胸に残る。
学校でも、家でも。
「いらない子」みたいに扱われてきたあたしにとってーー
初めて、誰かに「必要」と言われた気がした。
「もし断ったら?」
小さく聞く。
勝也は少しだけ考えてから答えた。
