恋をしたのは、危険な人でした。


あの日、あたしはヤクザの“娘”となったーー。
それが、すべての始まりだった。

「ねぇ、じゃまなんだけど!!」
「あっ、ご、ごめんなさい」

7月のある日。帰りのHRでのことだ。

プリントを配るうとしただけなのに、クラスの子に睨まれた。暑いはずの空気は、あたしにだけ冷たかった..。

「はーい。席ついてー。」

HR開始のチャイムから数分遅れて担任の先生が来て、少し遅めなHRが始まった。

「はい。今日の連絡は以上。だんだん暑くなってきたから、熱中症には気を付けるよー。あっあと、篠宮(しのみや)。話があるから、HR終わったら生徒指導室に来いよ。」

えっあたし!?あたしなんかやらかしたっけ...?
「はっはい」

「ははっやばー。あいつまた呼ばれてんぞ」
「この三年間で何回先生に呼ばれたら気が済むんだよ」

クスクス、ははっ、えーやば~。

ヒソヒソで話してるつもりだと思うけど、実は全部聞こえてる。

毎回こうだ。毎回、先生があたしを呼び出す時にみんな、いや"あの人達”はこう言う。
もう1年前からわかったことじゃないか。

ーー“ここ”には、あたしの居場所がないということを。

「はあー。話って一体何だよ。やらかした記憶なんてないんだけどなあー。まあ、とりあえず行くか」

コンコン

「失礼します。」

「おおー篠宮来たか。さっそくだが、座ってくれ」

「はい」

「あのー先生。話って一体何ですか?」

先生は少し言いづらそうに、話を切り出した。

「篠宮、最近どうだ?学校は」

「えっ、......普通ですけど」

「そうか。うん。普通が一番だな」

一瞬、気まずい沈黙が流れた。
先生は咳払いをして、目線を落としたまま続けた。

「実はな……学費のことで、ちょっと心配してて」

「......あ、そうですか」

「うん。お前、頑張ってるから、もし何か困ってることがあったら遠慮せずに言うんだぞ」

その言葉が、なぜか少し重く聞こえた。

「......大丈夫です。特に困ってません」

「そうか。無理するなよ」

先生は優しい顔をしてたけど、その優しさが、今のあたしにはちょっとだけ痛かった。

「はい。ありがとうございます。」

「よし。篠宮、話はこれで終わりだ。気をつけて帰るんだぞ。」

「はい、それじゃあ失礼します。さようなら。」

学費ーー。

その言葉が頭の中でゆっくり響いた。

別に驚きはしなかった。だって、知ってる。うちにはお金がないことなんて。

生徒指導室を出たあと、夕方の廊下を歩きながら思った。
どうせ、言っても無駄だ。お母さんは、こういう話をしたって聞いてくれない。

だって、お母さんの頭の中にはーー
今夜、誰と会うかってことしかないんだから。