普通で、特別で、バカみたいに愛おしい。


「はるかさん?」

横浜駅の喧騒。行き交う人の波。

スマホの画面越しに見ていた、少しおちゃらけたアイコン。
「優しそうな人だな」

そんな、どこか他人事みたいな期待を抱いて向かった待ち合わせ場所。



声をかけてきた彼——しょうごくんの笑顔を見た瞬間、私の中の何かが音を立てて崩れた。

(……嘘。やばい、一目惚れだ)



28歳。もう、恋に夢を見る年齢じゃない。
慎重に、相手を見極めて、少しずつ距離を縮めて……なんて、あんなに自分に言い聞かせていたのに。

一瞬で、全部どうでもよくなった。


私の心臓は、自分でも驚くほどの速さで跳ねて、喉の奥が熱くなる。

しょうごくんは27歳。どこにでもいる普通の会社員だ。
でも、彼が笑うたびに世界に色がついていく。
ずっと私を笑わせてくれる、太陽みたいな人。

初めて会ったはずなのに、ずっと前から知っていたような不思議な安心感。




気づけば、夜の公園。
街灯の下、彼が好きだと言ったブランコに、二人並んで揺れていた。


キィ、キィ、と鳴る鎖の音。
隣にいる彼の、少し高い体温が伝わってくる気がして、苦しい。





「ねえ、しょうごくん。……私と、付き合ってほしいな」





沈黙が怖かった。この幸せな時間が終わるのが、耐えられなかった。

勢いだけで口にした言葉に、彼は一瞬、ブランコを止めて驚いた顔をした。

(……断られたらどうしよう。やっぱり早すぎたかな?)




一気に不安が押し寄せる。でも、その直後。

大きな彼の手が、私の頬をそっと包んだ。
吸い寄せられるように重なる、唇。

静まり返った公園。耳元で響くのは、自分のものか彼のかもわからない鼓動の音。



「……ん」



唇を離すと、彼は少し照れたように、でも最高に幸せそうにニコニコと笑った。












「じゃあ、またね」



そう言って別れた直後。
幸せな余韻に浸りながら電車に揺られていると、バッグの中でスマホが激しく震えた。
しょうごくんからのLINE。




『俺の全部、はるかに預けるよ』




……何?




不思議に思って画面を開いた私は、思わず息を呑んだ。
そこには、さっきまで目の前にいた彼のすべてが並んでいた。


免許証、保険証、マイナンバーカード、そして——。
目を疑うような数字が並んだ、預金残高のスクリーンショット。






「……っ、ふふ、あはは! 何これ、バカじゃないの!?」





自室に戻っても、笑いが止まらなかった。


28年生きてきて、こんなアプローチを受けたのは初めてだ。
普通、マッチングアプリで会った初日に、自分の財産や身分証明書を全部送る?

訳がわからない。突拍子もない。

でも、スマホの画面を食い入るように見つめる私の頬は、熱くて、緩みっぱなしで。



(この人、本当に面白い……。でも、なんで?)



たまらなくなって、すぐに通話ボタンを押した。

数秒で出た彼は、さっきまでの笑顔が嘘のように、少し真面目な声だった。




『……びっくりした?』



「びっくりどころじゃないよ! しょうごくん、普通はこんなことしないよ?」



私が笑いながら言うと、彼は少し照れたように、でも噛み締めるように言った。



『……俺なりに、けじめをつけたかったんだ。嘘はつきたくないし、隠し事もしたくない。はるかが好きだから。これ、俺の本気だよ』




その瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

「おちゃらけ」の裏側にある、不器用で、重すぎるくらいの真っ直ぐな誠実さ。

28歳の私が欲しかったのは、スマートな誘い文句なんかじゃない。

この、バカみたいに純粋な熱量だったんだ。




普通で、変で、世界一愛おしい人。
私たちの、0日目の夜がゆっくりと更けていった。