この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!

 二階に向かう階段を登っていると、背後から人の気配がした。

「待って!!」

 振り向いて視線が絡み合うと、バーバラはゴクリと息をのんだ。

「……ねぇ、二人で一緒に飲み直さない? 私も二階に部屋をとっているの」
「……」

 いくら自分でも男女が閉ざされた空間で共に酒を飲むことの意味を理解する。

「いや、悪いが、もう酒は飲まない」

 断って部屋に向かおうとすると、手をガシッとつかまれた。

「じゃあ、あなたの部屋は?」

 食い下がる彼女にうんざりし、深く息を吐き出した。

「俺は結婚している」

 バーバラは前のめりになる。

「それでもいいの! 今、この場にはいないんでしょう!? だったら私と一夜の夢をみるぐらい、バレないわよ」
「悪いが、他をあたってくれ」

 手をパッと振り払う。するとバーバラは口を尖らせた。

「なんなの、つまんない男ね! ちょっといい男だから、誘ってあげたのに!」

 逆上して怒り出す彼女は、頬を膨らませた。

「俺はこの場にいないからといって、相手に不誠実なことはしない」
「もう! 頭が固いんだから!!」

 次第にバーバラはあきれた様子で肩をすくめた。

「あ~あ、ふられちゃったわ、つまんない」
「すまないな」

 あっけらかんとする様子に苦笑する。

「――じゃあ、そんなあなたに一つ、助言するわ。耳を貸して」

 なにを言うのだろうか。

 疑問に思いながら、手招きする彼女に顔を近づける。

 すると一瞬だった。

 首の後ろに手が回され、グイッと引き寄せられたのは。

 それと同時に頬にチュッと柔らかな感触を受けた。

「あなたに愛される奥様がうらやましいわ。だから、助言なんてしてあげないもんね!」

 そのままパッと手を離すと、いたずらが成功したようにニコッと笑う。

「じゃあね!」

 サッと身をひるがえし、そのまま彼女は去った。
 ふと視線を感じたので顔を上げると、そこには顔を青くしてオロオロしているロゼールがいた。

「彼女がイザーク様を追いかけて行ったので、止めようと思ってついてきたのですが――」
「もっと早く止めろ」
「だ、大丈夫です。自分、口が固いので、間違ってもシャルロット様に言いません! ええ、イザーク様が浮気をしたなど!!」
「……誰が浮気だ」

 目をスッと細めるとロゼールは喉の奥からヒッと声をもらす。
 口づけされた頬を手でぬぐうと、べったりと赤い口紅がついた。

 思わず、舌打ちが出そうになるのをグッとこらえた。

「し、しかし、イザーク様のシャルロット様に対するお気持ちは本物だと、痛感しました、ええ」
「……」
「俺だったら、たとえ結婚していても、彼女のような魅力的な女性に言い寄られたら、断る自信がないです!」

 無駄口を叩くロゼールを一瞥し、無言で部屋に戻る。
 ベッドにドサッと腰を下ろすと、深く息を吐き出した。

 シャルロットに対する気持ち、か……。

 正直、バーバラは一般的には美女の部類に入るだろう。豊満な肉体と抜群のスタイルを持つ。ロゼールでなくても、その魅力に抗えない男性は多くいるはずだ。

 だが、自分は少しも心が揺れることはなかった。

 酒を飲んでいる時も、やけに距離が近く、胸を押し付けられているように感じたが、気のせいではなかったのだろう。

 だが、頭に浮かぶのはシャルロットだけだ。
 屈託のない顔で優しく微笑む姿。鈴の鳴るようなかわいらしい声で俺の名を呼ぶ。

 ああ、早く会いたい。

 窓辺に立ち、窓を開ける。
 風に乗って酒場の喧騒が聞こえてくる。

 南部のこの星空の下、あんたは今、なにをしているのだろう。なにを思う?

 北部に置いてきたはずの俺が、南部にいるだなんて知ったら、驚くだろうか。

 それともあきれるだろうか。

 明日はシャルロットに会えると思うと、胸の奥が熱くなってくると同時に恐怖も感じる。

 もし、拒絶されたら――。

 もう二度と北部には戻らないと宣言されたら、自分はどうしたらいいのだろう。

 窓から入り込む風を感じながら、自分の中の恐怖と戦った。

 だが、拒絶されても、嫌悪感を示されても、ただシャルロットに会いたいんだ。
 この気持ちも彼女にとっては迷惑だと、思われるのだろうか。

 相手にどう思われるかを、ここまで怖く感じるのは初めてだ。こんなこと、誰にも話せやしない。

 暗い感情を押し込めたまま、窓を閉める。
 
 心を少し落ち着かせたあとは、ベッドに横になる。

 階下から聞こえてくる音を感じながら、静かに目を閉じる。

 体は疲れているのに、なかなか眠れそうになかった。