結局、街を歩く気になれずに、早々にロゼールのとった宿に向かった。
案内された部屋は広く、質素な造りだが家具も一通り揃っていた。湯を浴びて、部屋で考え事をしていると、扉をノックする音が響く。
返事をすると顔を出したのはロゼールだった。そこで皆が無事に宿に集合したと聞く。
「あの、イザーク様。下で一杯やりませんか? 一階は酒場になっているみたいなんで」
窓を開けているせいか、風に乗ってにぎやかな声がここまで響いていた。
「そうだな」
酒でも飲めば、この暗い気持ちも払拭できるのだろうか。
ロゼールと階下へ向かった。
酒場は人々でにぎわっていた。
庶民の酒場、といった雰囲気で皆が陽気になっている。
丸い木のテーブルに椅子が並べられ、カウンターの奥では店員が忙しそうに動いていた。
「うひょー、どれも旨そうだ!」
店員から渡されたメニューを開き、ロゼールは興奮ぎみだ。
やがてロゼールの注文を受け、飲み物が運ばれてくる。
「お待ちどうさま! この街の名産、葡萄酒だよ!」
四十代後半と思われる、この店を仕切っているおかみが登場した。
「はいよ、たくさん飲んでおくれ。あんた達、北部から来たのかい?」
「どうして北部だと思ったんだ?」
おかみはケラケラと笑う。
「そりゃ、わかるさ。この酒場で何人もの客を見てきたんだからね。まず、北部の人間は手足が長い、それに鍛え上げられた肉体を持つ。そんな男が集まっていれば、ピンときたのさ。あと――」
おかみはゴクリと喉を鳴らす。
「北部には顔がいい男が多いからさ!」
「俺、この酒場気に入ったよ!」
おかみにのせられたロゼールは酒を飲む前から、すでにでき上がっているようだ。
「それに……」
おかみは声をひそめた。
「カウンターに座る二人の女性がいるだろう? この宿に宿泊している隣国の踊り子さ。さっきから熱い視線を送っているからね」
店内に入った時から不躾な視線には気づいていた。だが、殺意は感じられなかったので、放っておいた。
「えっ、俺のこと見ているのかなぁ!?」
ロゼールはウキウキとした声を出し、襟を正す。
「まあ、ゆっくりしていっておくれ。つまみは適当にこの店のお勧めでいいかい?」
「ああ、そうしてくれ」
おかみがカウンターに引っ込むと、皆で葡萄酒を片手に飲み始めた。
日頃飲んでいるワインと比べると、甘すぎる。だが、皆が美味しそうに飲んでいる姿を見て、たまには悪くないと思えた。
皆が葡萄酒を飲み干し、次を注文する。だが、俺はちっとも酔えなかった。
「イザーク様」
ロゼールが肩をトントンと叩く。するとこそっと耳打ちをしてきた。
「カウンターの美女が見ています、俺のことを!」
顔をフッと向けると、座っていた女性二人と視線が絡みあう。彼女たちは、にっこり微笑むと立ち上がる。
「素敵なお兄さんたち、ご一緒してもいいですかぁ」
甘ったるい声と香水のきつさに一瞬、顔をしかめる。
「いや、俺は――」
気の置けない臣下たちと、ゆっくり酒を飲みたい。だからこそ、断ろうとした。
「いいね、座って、座って、俺の隣!」
ロゼールは椅子を引っ張り、彼女たちの場所をもうけた。
他の皆もまんざらでもない顔をしている。
まぁ、この場では仕方がないか。もとより俺が無理を言った旅に、文句の一つも言わずに同行してくれているのだ。ここは自分が合わせるとしよう。
飲み込んだ言葉を葡萄酒と共に流し込んだ。
***
「それで隣街のお酒はすっごく美味しくて、飲みすぎて踊りの場に立てなかったの!」
陽気に話す女性は、バーバラとカミラと名乗った。
バーバラは長い赤毛が特徴で、目鼻立ちはくっきりとしていた。カミラは小麦色の肌に、黒髪を高くまとめ、飾っている赤い花が特徴的だった。どちらも軽い素材の薄い布で作られた衣装を身に着けていた。
「そうなのよ、バーバラの代わりに、私が連続で踊ったんだから。あの時は本当に、疲れたんだからね」
彼女たちは南部を拠点とする踊り子らしく、先日まで滞在していた隣街の話などで盛り上がった。
ワイワイと楽しそうにしている場を、一歩引いて眺めていた。
ここには長居しない方がよさそうだ。
そう判断した自分はロゼールの手に金を握らせた。
「ロゼール、俺は先に部屋に戻る」
スッと席を立ち上がるが、腕をガシッとつかまれた。
「ええ~っ。もうちょっと飲みましょうよ」
「そうよ、素敵なお兄さん。私たち、あなたのことが気になるの」
両腕をつかまれてしまい、身動きが取れない。ロゼールにフッと視線を投げると、ニヤニヤとあきらかに面白がっている。
「ロゼール……」
笑うなと、視線に込めるとロゼールはビクッと肩を揺らした。
「はいはい、手を離してくれ。話ならいくらでも俺が聞くからさ」
「ええ~、私、この人がいい!」
「私も!」
なぜか自分に固執する二人にため息が出る。盛り上がっている場で、まったく喋ってもいないのに。
「無理無理、そのお方は、この輪の中で唯一の既婚者だ。とても可愛らしい奥様がいるんだ」
「えっ……」
「そうなの!?」
ロゼールが言った途端、あきらかに女性二人の声のトーンが下がる。
同時につかまれた腕が自由になり、ホッとする。
「ああ、とっても可愛らしい奥様がいらっしゃって、まさに骨抜きなぐらい愛しているのさ!!」
酒に酔っているロゼールは饒舌になっている。だが、酔いすぎだろう。
俺の鋭い視線に気づくと、慌てて姿勢を正す。
「――先に戻る」
そのまま席を離れ、二階へと戻ることにした。
案内された部屋は広く、質素な造りだが家具も一通り揃っていた。湯を浴びて、部屋で考え事をしていると、扉をノックする音が響く。
返事をすると顔を出したのはロゼールだった。そこで皆が無事に宿に集合したと聞く。
「あの、イザーク様。下で一杯やりませんか? 一階は酒場になっているみたいなんで」
窓を開けているせいか、風に乗ってにぎやかな声がここまで響いていた。
「そうだな」
酒でも飲めば、この暗い気持ちも払拭できるのだろうか。
ロゼールと階下へ向かった。
酒場は人々でにぎわっていた。
庶民の酒場、といった雰囲気で皆が陽気になっている。
丸い木のテーブルに椅子が並べられ、カウンターの奥では店員が忙しそうに動いていた。
「うひょー、どれも旨そうだ!」
店員から渡されたメニューを開き、ロゼールは興奮ぎみだ。
やがてロゼールの注文を受け、飲み物が運ばれてくる。
「お待ちどうさま! この街の名産、葡萄酒だよ!」
四十代後半と思われる、この店を仕切っているおかみが登場した。
「はいよ、たくさん飲んでおくれ。あんた達、北部から来たのかい?」
「どうして北部だと思ったんだ?」
おかみはケラケラと笑う。
「そりゃ、わかるさ。この酒場で何人もの客を見てきたんだからね。まず、北部の人間は手足が長い、それに鍛え上げられた肉体を持つ。そんな男が集まっていれば、ピンときたのさ。あと――」
おかみはゴクリと喉を鳴らす。
「北部には顔がいい男が多いからさ!」
「俺、この酒場気に入ったよ!」
おかみにのせられたロゼールは酒を飲む前から、すでにでき上がっているようだ。
「それに……」
おかみは声をひそめた。
「カウンターに座る二人の女性がいるだろう? この宿に宿泊している隣国の踊り子さ。さっきから熱い視線を送っているからね」
店内に入った時から不躾な視線には気づいていた。だが、殺意は感じられなかったので、放っておいた。
「えっ、俺のこと見ているのかなぁ!?」
ロゼールはウキウキとした声を出し、襟を正す。
「まあ、ゆっくりしていっておくれ。つまみは適当にこの店のお勧めでいいかい?」
「ああ、そうしてくれ」
おかみがカウンターに引っ込むと、皆で葡萄酒を片手に飲み始めた。
日頃飲んでいるワインと比べると、甘すぎる。だが、皆が美味しそうに飲んでいる姿を見て、たまには悪くないと思えた。
皆が葡萄酒を飲み干し、次を注文する。だが、俺はちっとも酔えなかった。
「イザーク様」
ロゼールが肩をトントンと叩く。するとこそっと耳打ちをしてきた。
「カウンターの美女が見ています、俺のことを!」
顔をフッと向けると、座っていた女性二人と視線が絡みあう。彼女たちは、にっこり微笑むと立ち上がる。
「素敵なお兄さんたち、ご一緒してもいいですかぁ」
甘ったるい声と香水のきつさに一瞬、顔をしかめる。
「いや、俺は――」
気の置けない臣下たちと、ゆっくり酒を飲みたい。だからこそ、断ろうとした。
「いいね、座って、座って、俺の隣!」
ロゼールは椅子を引っ張り、彼女たちの場所をもうけた。
他の皆もまんざらでもない顔をしている。
まぁ、この場では仕方がないか。もとより俺が無理を言った旅に、文句の一つも言わずに同行してくれているのだ。ここは自分が合わせるとしよう。
飲み込んだ言葉を葡萄酒と共に流し込んだ。
***
「それで隣街のお酒はすっごく美味しくて、飲みすぎて踊りの場に立てなかったの!」
陽気に話す女性は、バーバラとカミラと名乗った。
バーバラは長い赤毛が特徴で、目鼻立ちはくっきりとしていた。カミラは小麦色の肌に、黒髪を高くまとめ、飾っている赤い花が特徴的だった。どちらも軽い素材の薄い布で作られた衣装を身に着けていた。
「そうなのよ、バーバラの代わりに、私が連続で踊ったんだから。あの時は本当に、疲れたんだからね」
彼女たちは南部を拠点とする踊り子らしく、先日まで滞在していた隣街の話などで盛り上がった。
ワイワイと楽しそうにしている場を、一歩引いて眺めていた。
ここには長居しない方がよさそうだ。
そう判断した自分はロゼールの手に金を握らせた。
「ロゼール、俺は先に部屋に戻る」
スッと席を立ち上がるが、腕をガシッとつかまれた。
「ええ~っ。もうちょっと飲みましょうよ」
「そうよ、素敵なお兄さん。私たち、あなたのことが気になるの」
両腕をつかまれてしまい、身動きが取れない。ロゼールにフッと視線を投げると、ニヤニヤとあきらかに面白がっている。
「ロゼール……」
笑うなと、視線に込めるとロゼールはビクッと肩を揺らした。
「はいはい、手を離してくれ。話ならいくらでも俺が聞くからさ」
「ええ~、私、この人がいい!」
「私も!」
なぜか自分に固執する二人にため息が出る。盛り上がっている場で、まったく喋ってもいないのに。
「無理無理、そのお方は、この輪の中で唯一の既婚者だ。とても可愛らしい奥様がいるんだ」
「えっ……」
「そうなの!?」
ロゼールが言った途端、あきらかに女性二人の声のトーンが下がる。
同時につかまれた腕が自由になり、ホッとする。
「ああ、とっても可愛らしい奥様がいらっしゃって、まさに骨抜きなぐらい愛しているのさ!!」
酒に酔っているロゼールは饒舌になっている。だが、酔いすぎだろう。
俺の鋭い視線に気づくと、慌てて姿勢を正す。
「――先に戻る」
そのまま席を離れ、二階へと戻ることにした。


