この結婚は王命ですから。初夜で拒絶された花嫁です、それでは自由にやらせていただきます!

 一部の貴族しか手にすることが出来なかった魔力結晶が、庶民にも行きわたるようになったこと。夜のランプの代わりとして部屋を明るく灯したり、魔力結晶の力で瞬時にお湯を沸かしたりと、人々の生活に貢献しているそうだ。

「北部も結晶を売った資金で潤うだろうし、お互い良いこと尽くしじゃないか! 同じインペリア国の民として、嬉しいことばかりだな」

 屈託なく笑う男を見て、これも南部の人柄なのかと思えた。

 陽気で楽天家。
 苦労しているのは自分たちだけだと、少なからず劣等感を抱いていた自分を恥ずかしく思う。

 ひとしきり話すと男は満足したのか、この場を去った。

「イザーク様、どういたします? セバスティア侯爵家をすぐ訪ねますか?」
「――いや、明日にする」

 今から訪ねるのでは、夕方になってしまう。

 それなら今日はこの街で過ごし、明日の午前に訪ねると告げた。
 そしてロゼールに宿の手配を依頼すると、すぐさま戻ってきた。

「イザーク様、黒猫亭という宿を予約しました」
「そうか」

 そして胸元に手を入れ、小袋を取り、ロゼールに渡す。

「これで各自、好きに過ごしてくれ。夜は宿に集合だ」

 ここまで着いて来た騎士たちに、褒美として自由を与える。

 南部に足を踏み入れたことがなく、この都市の華やかさに面食らっているだろうが、すぐ慣れるはずだ。
 騎士たちに軍資金を与えると、皆の顔が喜びにあふれた。

「イザーク様は、どうするのです?」
「俺はしばらく、この都市を歩いてみる」

 ロゼールは着いてくると言ったが、首を横に振る。

「ですが、護衛が必要じゃないですか?」
「魔物もいないのに?」

 自分で言って苦笑する。そう、ここは南部。魔物の襲撃を恐れる必要はない。

 それに一人になって考えたかった。

「とにかく、午後は自由に過ごしてくれ。ロゼール、それでも俺についてくると言うのなら、お前だけ軍資金は没収だ」
「う、それは嫌です」

 結局、騎士たちと別れ、別行動をとることになった。

 街を一人で歩き、周囲を見て回る。
 物にあふれ、人々からも心の余裕が感じられる。

 少し前の北部の街の様子とは大違いだ。

 北部の街はシャルロットが炊き出しを始めてから、活気を取り戻してきた。
 もっと早く俺が対処するべきだったのだと、思わざるを得ない。

 外から迫りくる魔物退治だけに目を向けるだけでなく、内に住む住民にも心を配るべきだった。

 セバスティア侯爵の領地ではそれが出来ているのだな。

 セバスティア侯爵が日頃から領民に気を配っているのだろう。だからこそ、その姿を見て育ったシャルロットにも、その考えが根付いている。

 ――まったく、敵わないな、シャルロットには。

 俺は彼女を連れ戻しに来たが、ふと不安に駆られる。

 もう北部には戻りたくないと言われたら?

 その時、俺はどうするんだ?

 考えると足がぴたりと止まる。街の喧騒が耳に入らなくなる。

 そう言われるのも無理はない。

 なんでも揃っている上に、気候もいい。
 それに彼女が生まれ育った南部。戻ってきたいと思う心は誰にも止められないだろう。

 だからこそ、北部を出たのだろう。――俺になにも告げずに。

 最後に顔を見て挨拶を交わすことすら、嫌だったのか? 引き止められるのが目に見えていたから、強行突破に及んだのか?

 もう、俺に用はないと――。

 胸が苦しくなり、華やかな街と反して、心は沈むばかり。

 こんな弱気なのは自分らしくない。俺は疲れているんだ。きっとそうだ。

 明日シャルロットに会えば、答えは出るだろう。

 唇をギリリと噛みしめると、血の味がした。