その日の私は通い慣れた道を通らず、一本横の路地に入り、寄り道をしながら家路につくことにした。


ちょっと嫌なことがあって、気分を変えたかったんだ。


家の近所のはずなのに、見知らぬ風景が広がる。

モダンな新築マンションが立ち並ぶバス通りから、たった一本奥なだけなのに、そこには時間が止まったかのように昭和の情緒あふれる裏路地世界が広がっていた。


路地は現在のような車社会の到来を全く念頭に置いていないと思われる狭さで、軽自動車でも油断をすれば壁にキスしてしまうだろう。

すぐ横が大きな道路であることもあって、そんな路地をわざわざ通る車はなかった。


(なんか、懐かしい感じだな)

私は実際には、この路地が出来た頃には生まれていない。でも昭和テイストは確かに日本人の心の原風景なのだろう。

瓦のついた白壁とブロック塀の間に続く路地を、私は景色を楽しみながら歩いた。

(白壁のお家は随分お金持ちなんだな)

その家は大きなお屋敷で、高い塀のせいで中は見えないが、大きな松の木や蔵などが見えた。きっと相当なお金持ちの家だ。

逆にブロック塀の家の方は、建物も間近にあり庭も小さい。

窓は半分くらい開いていて、中からは炊事をしているのだろう、包丁でトントンと何かを切る音と、煮物のいい匂いがした。

(一家団らんだね)

幸せそうな家族の生活。


私には手に入らない高嶺の花。

「やなこと思い出しちゃったな」

私、フラれたんだった。


そんなわけで私は今、現実逃避しているのだ。