「邪魔ならへんとこでしゃべろ」
改札を抜け、駅ナカのパン屋さんの前で立ち止まって織宮さんと正面から向き合う。
間もなく帰宅ラッシュの駅構内は、焼きたてのパンの匂いではなくワッフルの甘い匂いで満ちている。
「あの…ありがとうございました!」
首が折れそうなくらいの勢いで頭を下げられ、思わず拍子抜けしてしまう。
言いかけた言葉を何度も飲み込み、また言葉を考えあぐねていると、織宮さんの視線が一直線に僕を射抜いた。
「なんで声かけたの…?」
少し乱れた前髪から覗く織宮さんの瞳が、安堵と疑問で揺れている。
「なんでなんだろ…」
好きな子が困っていたから。――そうだけど、それだけじゃない。
いい人に見られたかったから。――そんな外面だけのことで、嘘ついてまで好きな子を助けないだろう。
――本能、反射。
僕の脳内に浮かんだシンプルな2文字の言葉が、妙に心の空白にピッタリハマった。
「まあ、めっちゃ助かったから!」
計算も遠慮もない、素の織宮さんの笑みが僕の心を離さない。
いい言葉もろくに出てこないままその笑みを凝視していると、制服のポケットに入れていたスマホがぶるりと震えた。
数年前に適当に撮影した夕日の写真のホーム画面に、店長からの通知。
【店長 あと5分でシフトやけ…】
店長からのメッセージは途中で切れているが、僕を焦らせるには十分すぎる効果を持っている。
「どーしたん?」
「あと5分でバイト行かないと」
ポケットにスマホをしまい、東口を指さす。
「私西口やから逆方向や。バイバイ!」
僕と同じように西口を指さした織宮さんが、踵を返して走り去る。
あと5分でバイト、というクソみたいな現実がどうでもよくなってしまうほどに、僕の心臓はずっとうるさかった。



