「ただいまー」
玄関のドアを開けた瞬間、防音室のドアが勢いよく開いた。
妹の奏が、何かから逃げるみたいに飛び出してくる。
「あ……おかえり」
視線が一瞬だけ合って、 逃げるみたいにすぐ逸らされた。
「練習、終わったの? 早いね」
「うん。今日は、もういいかなって」
それだけ言って、奏はリビングへ消えていった。
嫌な予感がして、防音室をのぞく。
グランドピアノの上に、くしゃくしゃになった紙が置かれていた。
拾い上げる。
母からの“ありがたい”長文アドバイス。
僕のスマホに届いていたのと、ほぼ同じ内容の奏版だ。
……最近、奏はピアノの前で笑っていない。
以前は、音を出すだけで楽しそうだったのに。
今はただ、課されるものをこなしているように見える。
母は厳しい。
ピアノ講師の母のもとに生まれた僕と奏は、物心つく前から鍵盤に触れていた。
日常でも厳しい人だけれど、ピアノとなると、そして自分の子供のレッスンとなるとさらに容赦がない。
でも講師としての評判は高い。
この春、桔梗市の大学に引き抜かれ、母は迷いなく引っ越しを決めた。
僕と奏を連れて。
父は元の家で単身赴任状態。
いずれこちらに来ると言っていたけれど――
「お父さん、元気かな……」
奏宛ての紙を、自分の鞄に押し込む。
また一つ、無意識にため息を落とした。
母が帰ってくる前に、少しでも練習しておかないと。
そう思いながら、防音室のドアを静かに閉めた。
玄関のドアを開けた瞬間、防音室のドアが勢いよく開いた。
妹の奏が、何かから逃げるみたいに飛び出してくる。
「あ……おかえり」
視線が一瞬だけ合って、 逃げるみたいにすぐ逸らされた。
「練習、終わったの? 早いね」
「うん。今日は、もういいかなって」
それだけ言って、奏はリビングへ消えていった。
嫌な予感がして、防音室をのぞく。
グランドピアノの上に、くしゃくしゃになった紙が置かれていた。
拾い上げる。
母からの“ありがたい”長文アドバイス。
僕のスマホに届いていたのと、ほぼ同じ内容の奏版だ。
……最近、奏はピアノの前で笑っていない。
以前は、音を出すだけで楽しそうだったのに。
今はただ、課されるものをこなしているように見える。
母は厳しい。
ピアノ講師の母のもとに生まれた僕と奏は、物心つく前から鍵盤に触れていた。
日常でも厳しい人だけれど、ピアノとなると、そして自分の子供のレッスンとなるとさらに容赦がない。
でも講師としての評判は高い。
この春、桔梗市の大学に引き抜かれ、母は迷いなく引っ越しを決めた。
僕と奏を連れて。
父は元の家で単身赴任状態。
いずれこちらに来ると言っていたけれど――
「お父さん、元気かな……」
奏宛ての紙を、自分の鞄に押し込む。
また一つ、無意識にため息を落とした。
母が帰ってくる前に、少しでも練習しておかないと。
そう思いながら、防音室のドアを静かに閉めた。
