時をかける恋幕 二人の推し活恋文

長谷川家の居間には、温かな湯気と共に、魚の焼ける香ばしい匂いが満ちていた。
ちゃぶ台を囲むのは、主の平蔵を筆頭に、妻の久栄、息子の裕助、そして同心の木村忠吾。そこへ、不思議な縁でこの屋敷に身を寄せることとなった、あいのすけとちかよが加わっている。
「……ふむ。出汁がよく利いておる。ちかよ、腕を上げたな」
汁を啜った平蔵が、目を細めて頷いた。
「恐れ入ります。久栄様に手取り足取り教えていただいたおかげです」
着物姿のちかよが、頬を少し赤らめて微笑む。
「いやはや、美人が作った飯というのは、どうしてこうも旨いんでしょうな! お代わり!」
遠慮のかけらもなく飯を頬張る忠吾に、裕助が苦笑を漏らした。
「忠吾殿、少しは慎みなさい。……しかし、あいのすけ殿。お主たちが元いた場所というのは、一体どんな所だったのだ?」
その問いに、あいのすけは箸を置いた。
「……そうですね。言葉で説明するのは難しいのですが……そうだ。これを見ていただけますか」
彼が懐から取り出したのは、薄く黒光りする奇妙な板――スマートフォンであった。あいのすけがその表面を指でなぞると、突如として板が淡い光を放ち始める。

「おわっ!? なんだ、その光る板は! 妖術か!?」
「板の中に……景色が、いや、人が閉じ込められているのか?」
腰を浮かす忠吾と、目を丸くする裕助。あいのすけは微笑みながら、画面にある一枚の画像を映し出した。
そこにいたのは、今隣に座っている「着物姿のちかよ」ではなかった。
髪を奔放に下ろし、Tシャツにスカートという、江戸の人間が見れば度肝を抜くような「異な格好」で、太陽の下、満面の笑みを浮かべているちかよの姿だ。
「これは『写真』というものです。一瞬の姿を、そのまま絵に写し取ることができる道具ですよ。……見てください、これはあちらの世界にいた頃の、私服姿のちかよです」
忠吾と裕助は、吸い寄せられるように身を乗り出した。
「な、ななな……なんという、はしたな……いや、なんと目のやり場に困る格好だ! しかし、この絵の細かさはどうだ。まるでそこに、ちかよ殿が生きているようではないか!」
「これが、ちかよ殿……? 髪の形も服もまるで違う。しかし、この輝くような笑顔……絵師が一生かかっても描けぬほど、真実(まこと)の姿だ」

二人の驚きを余所に、ちかよは少し恥ずかしそうに俯いた。
「こちらに来る直前の姿です。あちらでは、これが当たり前のおなごの格好だったのですよ」
横から覗き込んでいた平蔵が、ニヤリと口角を上げる。
「ほう……。その『しゃしん』とやらは、魂まで吸い取るかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。ちかよの幸せそうな顔が、何よりの証拠よ」
「はい。この姿を忘れぬよう、こうして持ち歩いているのです」
あいのすけの言葉を聞きながらも、忠吾はまだ画面を食い入るように見つめている。
「あいのすけ殿! 他にも……他のおなごの『しゃしん』とやらは無いのですか!? ぜひ拝見したい!」
「これ、忠吾さん。食膳ですよ。行儀が悪い」
すかさず久栄の手が飛び、忠吾の頭を軽く叩いた。一座にどっと笑いが起きる。

夕食の後、興奮冷めやらぬ一同を前に、あいのすけが提案した。
「せっかくですから、皆様も撮らせてください。はい、こちらを向いて。……はい、チーズ!」
――カシャッ!
鋭い作動音と共に、鮮烈な閃光が座敷を貫いた。
「ひええっ!!」
「うわあ!」
不意を突かれた忠吾と裕助が、ひっくり返らんばかりにのけぞる。
「きゃっ! 今、雷のように光りましたよ!?」
「な、何事だ! 今のは鉄砲か!?」
平蔵までもが目をしばたかせ、思わず腰の刀の柄に手をかけそうになる。
「大丈夫ですよ、魂は抜かれません。ほら、見てください。今の皆様です」
あいのすけが差し出した画面を見て、一同は言葉を失った。
そこには、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で驚く平蔵や、腰を抜かして情けない顔をした忠吾の姿が、寸分違わず切り取られていた。