「お母さん、いってきます」
澪は一人の女性が写った写真の前で手を合わせた。澪は今日から晴れて、高校生。が、彼女の見た目からそれを察することは制服を除けば、難しい。
小柄な体型である澪に合っていない制服、瞳をはっきりと捉えることのできないメガネ、伸びたい放題になっている髪は澪の顔の印象を暗くしてしまっている。地毛がすごくうねっているのに、ゴムで束ねることもなく、背中の辺りまで下ろしている。
とても、今日が彼女の晴れの日だとは誰も思わない。澪自身もそうは思わない。
履き慣れないローファーに足を滑り入れ、つま先でトントンと音を鳴らして玄関の扉を開ける。
澪の父はすでに、朝早くから仕事に行ってしまったので、澪がきちんと戸締まりをする。
昨日までの大雨から一転。彼女を祝うかのように、天気は雲一つない快晴だった。久しぶりに浴びた太陽の光は、澪が思っていた以上に燦々と輝いていた。
(眩しい...)
その光を全身に浴びて、止めたくなった重い足を気合いで前に、前に進める。
Akiの言葉で、全日制の高校に行くことを決めたのだけれど、本当に今更ながら、高校へ行くことに対して億劫に思う。
慣れない環境に飛び込むこと、そして、また、人の目にさらされて、あんな思いをすることは、澪にとって二度とごめんだ。それなら、ネットの世界にいるほうがマシだと思うほどに。
そんなことを思いながら、下を向いて歩いている澪の目に入ってきたのは、散ってしまった桜の花びらたちだった。
顔を上げると、そこには今日が満開と言わんばかりの桜の木々たちがあった。木の下では、写真を撮ったり、話に花を咲かせている同じ女子高生たちが多くいた。
スカートが短く、髪もメイクもバチバチに決めている女子三人組はイラストの描かれたアクスタを持ったまま
「昨日のSpadeの生配信見た!?」
「見た見た!ヤバいよね!年下組は私達と同い年で今日入学式なんでしょ!」
「ワンチャン、私と同じ学校ってことはないかな〜!!」
と、本当に飛んでしまうのではないかと思うほど、興奮気味にキャッキャッと騒いでいた。他のところでも
「Spadeのやつらって、全員高校生なんだってな!アイツら、ゲーム上手いし、実況もめっちゃ面白いからついつい見ちゃうんだよな〜。」
「マジそれな!俺、Kの実況がマジで好きなんよ!話し方はおっとりしてんのに、攻撃が容赦なくて、かっこいいんだよな〜。」
と二人組の男子高生たちが、
「あぁ〜!神様仏様おと様Aki様!私と同じ年に生まれてきてくれて、ありがとうございます!」
そう言いながら、天を拝み、手を合わせて、涙を流す女子高生もいた。
道中、話で盛り上がっている人たちの話題は一貫してSpadeの話ばかりだった。
それもそのはず。今、日本中を席巻している注目歌い手グループなのだから。
顔出しは一切しない、ゲームとトーク力、そして歌声で世間を魅了するSpade-スペード-。
老若男女、日本では知らない人はいない。なんなら、海外にもファンがいるほどに。
澪の足は有能なようで、澪が気がついた頃には、目の前に校門が迫っていた。
今年の桜は遅咲きだったらしく、学校の周囲にたくさん生えている木たちは、桜で咲き乱れていた。
きれいなはずなのに、学校を見るだけで、澪は息が詰まりそうになる。
(大丈夫、大丈夫、ここは小学校と関係ないんだから。)
自分に言い聞かせるように唱える。フーっと息を吐いて、深呼吸をする。
澪はポケットからスマホを取り出して、彼女のお守り代わりである、ロック画面を見る。それは、先程の女子三人組のうちの一人が持っていたアクスタのイラストと同じものだった。
澪は覚悟を決めて、ゆっくりと目を開ける。
風に吹かれて、散っていく桜は、どこまでも続く果てしない青空に合っていて、美しく映えていた。
(きれい...)
そんな情景を見て、澪はふと、頭に浮かんだメロディーと歌詞を口ずさむ。
「儚い青春〜♪踏みしめる一瞬〜♪桜の花ごとく〜♪」
すれ違った人にギリギリ聞こえるかどうかの、小さな声で。澪も誰かに聞かれるとは、毛頭なく思っていた。
そして、周りも一人を除いて、みんな自分たちの話に夢中で聞こえていなかった。
そんな淡い予想を壊したのは、澪と同じ高校の制服を着た背の高い男子生徒。その男子生徒は咄嗟に振り向いたが、澪を認識することができなかった。
(何の曲だったんだろう...?あんなきれいな旋律、俺が知らないはずないのに。)
校門では、生徒たちが学校の前で話したり、写真を取ったりと屯《たむろ》していた上、彼は多くの生徒(特に女子)に取り囲まれていたので、彼が知覚できたのは、耳に残る儚げなメロディーと歌詞、そして澪の歌声だけだった。
その後、教室ですぐに再会することになるとは、そして、この出会いが二人の、特に澪の人生を変えることになるとは、このとき、どちらも全く思っていなかった。
澪は一人の女性が写った写真の前で手を合わせた。澪は今日から晴れて、高校生。が、彼女の見た目からそれを察することは制服を除けば、難しい。
小柄な体型である澪に合っていない制服、瞳をはっきりと捉えることのできないメガネ、伸びたい放題になっている髪は澪の顔の印象を暗くしてしまっている。地毛がすごくうねっているのに、ゴムで束ねることもなく、背中の辺りまで下ろしている。
とても、今日が彼女の晴れの日だとは誰も思わない。澪自身もそうは思わない。
履き慣れないローファーに足を滑り入れ、つま先でトントンと音を鳴らして玄関の扉を開ける。
澪の父はすでに、朝早くから仕事に行ってしまったので、澪がきちんと戸締まりをする。
昨日までの大雨から一転。彼女を祝うかのように、天気は雲一つない快晴だった。久しぶりに浴びた太陽の光は、澪が思っていた以上に燦々と輝いていた。
(眩しい...)
その光を全身に浴びて、止めたくなった重い足を気合いで前に、前に進める。
Akiの言葉で、全日制の高校に行くことを決めたのだけれど、本当に今更ながら、高校へ行くことに対して億劫に思う。
慣れない環境に飛び込むこと、そして、また、人の目にさらされて、あんな思いをすることは、澪にとって二度とごめんだ。それなら、ネットの世界にいるほうがマシだと思うほどに。
そんなことを思いながら、下を向いて歩いている澪の目に入ってきたのは、散ってしまった桜の花びらたちだった。
顔を上げると、そこには今日が満開と言わんばかりの桜の木々たちがあった。木の下では、写真を撮ったり、話に花を咲かせている同じ女子高生たちが多くいた。
スカートが短く、髪もメイクもバチバチに決めている女子三人組はイラストの描かれたアクスタを持ったまま
「昨日のSpadeの生配信見た!?」
「見た見た!ヤバいよね!年下組は私達と同い年で今日入学式なんでしょ!」
「ワンチャン、私と同じ学校ってことはないかな〜!!」
と、本当に飛んでしまうのではないかと思うほど、興奮気味にキャッキャッと騒いでいた。他のところでも
「Spadeのやつらって、全員高校生なんだってな!アイツら、ゲーム上手いし、実況もめっちゃ面白いからついつい見ちゃうんだよな〜。」
「マジそれな!俺、Kの実況がマジで好きなんよ!話し方はおっとりしてんのに、攻撃が容赦なくて、かっこいいんだよな〜。」
と二人組の男子高生たちが、
「あぁ〜!神様仏様おと様Aki様!私と同じ年に生まれてきてくれて、ありがとうございます!」
そう言いながら、天を拝み、手を合わせて、涙を流す女子高生もいた。
道中、話で盛り上がっている人たちの話題は一貫してSpadeの話ばかりだった。
それもそのはず。今、日本中を席巻している注目歌い手グループなのだから。
顔出しは一切しない、ゲームとトーク力、そして歌声で世間を魅了するSpade-スペード-。
老若男女、日本では知らない人はいない。なんなら、海外にもファンがいるほどに。
澪の足は有能なようで、澪が気がついた頃には、目の前に校門が迫っていた。
今年の桜は遅咲きだったらしく、学校の周囲にたくさん生えている木たちは、桜で咲き乱れていた。
きれいなはずなのに、学校を見るだけで、澪は息が詰まりそうになる。
(大丈夫、大丈夫、ここは小学校と関係ないんだから。)
自分に言い聞かせるように唱える。フーっと息を吐いて、深呼吸をする。
澪はポケットからスマホを取り出して、彼女のお守り代わりである、ロック画面を見る。それは、先程の女子三人組のうちの一人が持っていたアクスタのイラストと同じものだった。
澪は覚悟を決めて、ゆっくりと目を開ける。
風に吹かれて、散っていく桜は、どこまでも続く果てしない青空に合っていて、美しく映えていた。
(きれい...)
そんな情景を見て、澪はふと、頭に浮かんだメロディーと歌詞を口ずさむ。
「儚い青春〜♪踏みしめる一瞬〜♪桜の花ごとく〜♪」
すれ違った人にギリギリ聞こえるかどうかの、小さな声で。澪も誰かに聞かれるとは、毛頭なく思っていた。
そして、周りも一人を除いて、みんな自分たちの話に夢中で聞こえていなかった。
そんな淡い予想を壊したのは、澪と同じ高校の制服を着た背の高い男子生徒。その男子生徒は咄嗟に振り向いたが、澪を認識することができなかった。
(何の曲だったんだろう...?あんなきれいな旋律、俺が知らないはずないのに。)
校門では、生徒たちが学校の前で話したり、写真を取ったりと屯《たむろ》していた上、彼は多くの生徒(特に女子)に取り囲まれていたので、彼が知覚できたのは、耳に残る儚げなメロディーと歌詞、そして澪の歌声だけだった。
その後、教室ですぐに再会することになるとは、そして、この出会いが二人の、特に澪の人生を変えることになるとは、このとき、どちらも全く思っていなかった。

