シンデレラ・ララバイ

 
 
 
 
「一花さんっ、ケーキ買ってきたので、今から食べませんか?」
「一花さん、これ商談に行ったホテルで売ってて…美味しい食パンと焼き菓子です」
「一花さん!表参道に美味しいチョコレートのお店があったので寄ってしまいました」
「一花さん、今日のご飯、美味しいです。茗荷のお味噌汁なんて僕初めて食べました!」

次の日から、いつもより名前を呼ばれる回数が多いのは、きっと気のせいじゃないし、お土産を買って帰ってくる頻度も多い。

そうして、それを無下にできるほど一花は距離を取りきれていない。

買ってくるお土産のチョイスも絶妙というか、高すぎるものではないが、ちょっぴり贅沢という価格帯で美味しそうで、断るのが難しい。

「…徹さん、私、太ったんですけど…」
「えっ何で、太ってなんかないですよ!?」
「毎日、二十一時以降に徹さんが美味しいスイーツくださるんで…」
「あっ僕のせいですか!?」

ニコニコしながら、またしてもケーキ屋の箱をぶら下げて見せてきた徹に、一花はそれを受け取りながらそう言った。

憎らしくも、この家にある体重計は乗るだけで一花のデータを毎回記録してくれ、アドバイスまで寄越してくるので、すっかり風呂上がりに測るのが習慣になってしまった。

「心も食べたい!」
「もちろん心のも買ってあるよー!いちごがいい?チョコがいい?」
「このハートのやつがいい!」
「いいよーこれはね、いちごのケーキなんだよー!」
「いま食べていい!?」
「今からパパとお風呂に入るでしょ、その後にしようよー!」
「うん!ぎゅうにゅうと一緒にたべる!」

今日は徹の帰宅は早かった。
時計を見るとまだ十九時過ぎだ。
夕食を食べた後の、ちょうどお風呂の用意をしている頃だったので、その後の育児は徹がメインとなる。

「牛乳とハートのケーキね。お風呂上がりに食べられるように、お皿に出しておくね」
「わーい!」

一花がそう言うと、心は喜んだ表情を見せて風呂場にパタパタと走って行った。
徹も嬉しそうな表情を浮かべながらその後を追い、一花はそれを見送る。

毎回心の分も買ってきているので、一花へのプレゼントというわけではないのだろうが、それにしても頻度が多すぎる。

別に全て食べずに調整すればいいのだろうが、目の前でニコニコされると、断れなくて美味しそうでつい食べてしまうんだよなぁ。

そんなことを思いながら一花はキッチンに向かい、コンロの上に置いておいた鍋に火を点けた。
徹は風呂を終えると、心とケーキを食べ、寝かしつけに行った。





静かになったリビングで、一花は夕食の仕上げをする。

「一花さんっ」

今日のメニューは、牛肉のすき煮、ひじきの炊き込みご飯、すまし汁、かぼちゃの煮物だ。
家政婦さんが来てくれる日だったので、その他の細かい作り置きもテーブルに出してあり、食卓は豪華になっている。

「この土日、箱根に行きましょう!」
「え?」
「月曜に、箱根に出張なんですよ。取引先の施設の視察が入ってて、ついでにと思って!明日は心も保育園はお休みだし、ホテル取っちゃいました」
「ええ?」

一気に入ってくる情報を、一花はすぐには処理できない。
徹がスマホで見せてきたホテルは、何だかとても高級そうな気配がして、少しだけ身構える。

「僕、心を温泉に連れて行ってあげられていなくて…」
「あ、はい…」
「もう五歳でしょ?男湯は変な男がいるかもしれないし、もう家族風呂しか入れないから、広い大浴場とか経験させてあげたいなって…」

徹は眉間に手を当てて、悲しそうな顔を見せているが、一花にはそれが胡散臭く見える。
強引に一花をシッターに誘った時と、どこか同じ気配を感じるのは、気のせいか。

「いや、でも心ちゃんが…」
「心にはさっきお風呂の時に話しました!楽しみって!」
「決定済じゃないですか」
「?はい、ホテルも取りましたし」

?はい、じゃないんですけど。と一花は内心で悪態をつく。
こういう時の徹に反論しても無駄なので、ため息を漏らしながら、わかりました、と受け入れる。

徹はヤッター!と嬉しそうな声をあげながら、すき煮の上に乗せた温泉卵を割っている。
とろりとした黄身が牛肉に垂れていく様子を何となく一花も見つめる。
徹のうきうきしているのが伝わるその様子に、一花の口角も少しだけ上がる。

ていうことは、二泊の準備を今からしなくてはいけないのか。
ぼうっと徹の食事風景を見ていたが、その思考で一気に現実に引き戻される。

部屋は当然別だよね?二部屋とってくれてるんだよね?

そう思うも、それを聞くことが意識している気がしてしまい、徹には何も言えなかった。
温泉卵の黄身が、じわりと広がっていくのをぼんやりと見つめた。