シンデレラ・ララバイ

 
 
 
 
「僕が買った水着じゃない…」
「私は私が可愛いと思ったやつを着るんです」

昼食を終えて一度部屋に戻る。
一花は水着に着替えると、心がトイレに行っている隙に見にきた徹に文句を言われたが、適当にあしらう。

昼食はホテルのレストランでの豪華なバイキングだったが、この後水着になることを思うとあまり食べられなかった。

付け焼き刃で食生活を改善してダイエットしてみた結果は、体重は少しだけ減ったものの、運動をしなかったので特に引き締まることもなく、自信を持って水着を着れるということにはならなかった。

「一花先生の水着、かわいいー!」
「かわいいでしょー!」
「可愛いですけど」

一花が選んだ水着は、落ち着いたくすみブルーのワンピースタイプの水着だ。
露出は控えめだが、オフショルダーのデザインが、デコルテラインを綺麗に見せてくれていて気に入って購入した。

徹が勝手に買ってきた白のビキニは、スーツケースの奥に仕舞われたままだ。
このまま出番が来てほしくないような気持ちになりつつ、一花は見ないふりをする。

「そういえばラウンジがいつでも使えるので、お酒や軽食、いつでもつまみに行っていいですからね」
「富裕層だ…」
「お菓子ある?」
「あると思うよ、ジュースもあるから疲れたら休憩しに行こうか」
「うん!」


はしゃいで走り出す心を、徹は嬉しそうに見守りながら追いかける。
荷物を持ちますよと言ったのに、いいですと断られた一花は手ぶらでその後をついていく。

この光景が当たり前で、日常で、それがとても幸せだ。
一花は思わず笑みをこぼすと、心の横に並ぶべく小走りで向かった。
 





















「パパ!心、一花先生と遊んでくるー!」
「え、パパは?」
「パパはここで見てて!」
「えっ」

心に手を引っ張られ、一花は後ろで立ち尽くす徹を見ながら心についていく。
ああ、またきっと拗ねて面倒くさいことになりそうだから、どこかでフォローを入れなければいけなさそうだ。

心がまず行きたいといったプールは、キッズプールで、浅瀬のプールの中に遊具があって、小さいスライダーや、遊具の頂上に取り付けられたバケツが、数分ごとにひっくり返る仕掛けがついていた。

「なんでパパはあっちなの?」
「んー」
「パパとプールに行きたいって言ってたじゃない」
「うん…」

心がスライダーに向かって、浅瀬のプールを歩いていく。
つい、子どもの気持ちに寄り添って、それを解いていきたくなるのは職業病だろうか。

「どうしたの?」
「うーん」

心は珍しく言い淀む。何か気持ちはあるのだろうが、それをうまく言葉にできないのだろう。自分自身の感情も複雑になり、環境など周囲のことも見えるようになってきて、特に心は精神的な発達も早い方なので、何か思うところがあったのかもしれない。

一花はそう思い、心の背中に手をかけて、声をかけた。

「もし、何か言いたくなったら、教えてね」
「うん…先生、心ね、」
「ん?」

心が遊具を見ながら足を止めたので、一花は隣にしゃがんで目線を合わせる。
天然パーマの髪の毛は、今日は一花がお団子にした。クセのある前髪が、風でふわりと上がって、額が見えている。

「パパ、お仕事たくさんしてたから、遊んだら、つかれるでしょ?」
「…ああ、そういうこと」

一花は、ふ、と笑みを漏らして、心の頭を撫でた。
太陽に照らされたその頭頂部は少しだけ熱く、プールの日陰に誘導した。

「最近、パパの帰りが遅かったから?」
「うん、全然いなかった」
「だから、お仕事たくさんしなきゃいけないと思ったの?」
「うん」
「お休みしててほしくて、先生と遊ぶって言ったの?」
「うん」
「そっかぁ、心ちゃんは、本当は、どうしたい?」
「パパと、一花先生と、あのバケツばしゃーんってやつやりたい」

少しずつ、気持ちを紐解いていくと心は小さく返事をした。
立ち尽くしている心を、日陰の下で座らせる。
浅い水位が、お尻をひんやりと冷やしては流れていく。

「パパの帰りが遅かったのはね、心ちゃんと遊びたかったんだって」
「そうなの?」
「うん、旅行してる時はお仕事絶対しないで心ちゃんと遊ぶぞ!って決めてたんだって」
「パパが言ってた?」
「うん、だから旅行までは、お仕事頑張ったんだって」
「つかれてない?パパ」

心は一花を見上げた。
子どものくくりで考えてしまっているけれど、思考はもう大人のようだ。
一花は、キッズプールの奥にいる徹に、チラリと視線を送った。

パラソルの下でデッキチェアに座っている徹は、こちらを見ていた。
遊ばない心と一花を不思議に思っているに違いない。
心に来るなと言われた手前、気になるがこちらにはきっと来れないんだろう。

「じゃあ、パパにそれを聞いてみる?」
「…うん」
「自分で聞ける?私が聞く?」
「…心がきく」
「そしたら、そばで見ててあげるから、一緒に行こう」

心が頷いて、立ち上がった。一花も立ち、心の手を取った。

「一花せんせい…」
「ん?」
「パパ、心のことすきかなあ?」
「絶対好きだから、大丈夫だよ」
「心、パパのことすき」
「うん、それも言ってみたらどう?」

心は頷いて、繋いでいた一花の手に、少しだけ力を込めた。
一花も同じくらいの力で、握り返す。

「うん…一花せんせいも、パパのことすき?」
「…うん、好きだよ」

きっと、深い意味などないと、分かっている。
でもここで、心に堂々と好きと言えたことが、少しだけ嬉しかった。

徹の方に向かうと、心配していたであろう徹が立ち上がって、心が歩いてくる様子を見つめていた。

「どうしたの?」
「あのね…えっとね、」
「うん?」
「あのね、心ね…、…パパ、お仕事でつかれてる?」
「え?」
「つかれてるから、遊ぶと、もっとつかれちゃうかなって思ったの」
「え??」

心の言葉をうまく理解できない徹に、一花が言葉を足して説明してやると、徹は心を抱き上げた。
背の高い徹が心を抱くと、一花の目線よりも高い位置に心の目線が来る。

「ごめんね、最近お仕事頑張ってたから、心に会えなくてパパも寂しかったよ」
「心もさみしかった」
「パパは元気だから全然疲れてないし、心と遊んでた方が元気でるよ」
「ほんと?」
「うん、だから一緒にバケツのところで遊ぼう!」
「うん!」

パッと顔が明るくなって、徹に抱きついた心を、徹も抱きしめ返す。
一花はそれを見ながら、思わず笑みが漏れる。
そして三人で、プールの遊具に向かった。




「さっきはありがとうございました」
「いえ、全然」

しばらく遊んだ後、心は一人でキッズスライダーに行くために階段を登っていた。それを背後から見守りながら、徹が一花に言った。

「もう、そんなことも考えられるんですね」
「大人が思ってるより、子どもは理解してるものですよ」
「そうですね」
「自分のことより、相手の気持ちが気になっちゃうのは、徹さん譲りですかね」
「え?」

心は階段を登り終えて、こちらに手を振っていた。
振り返しながら、スライダーの出口の方に足を進める。

「可愛くて、不器用な親子ですね」
「…さっき、プールサイドで話してた二人も、親子みたいだなって思ってましたよ」
「え?」

一花がそう聞き返すと、徹は一花の手を引いて、耳打ちをした。
じりじりとした日差しが、背中を照りつけていた。


「…一花さんの、そういうところが、たまらなく好きです」

今度は、聞き返す暇はなかった。
手をすぐに離した徹が、隣にいた一花を抜かして、スライダーの方に向かっていった。

いつもなら飄々と言ってのける徹なのに、どうして言い逃げをするんだろうと、一花はスライダーの出口で、滑ってきた心を抱きしめる徹の顔を見つめた。

少しだけ赤い耳は、柄にもなく照れたのか、沖縄の日差しか。
今日は聞かないでおいてあげよう、と思い、一花も二人の方へ足を進めた。
 
 
 
 
沖縄編 終わり
 
《この日の夜のお話、沖縄旅行の後日談はエブリスタというサイトにて限定公開しています》
 読んでいなくてもお話としては問題ないです!