シンデレラ・ララバイ

 
 
 
 
「行ってきまーす!」

心が元気よく車を降りていく。
今日は土曜日だが、保育園の友達とプリンセスの格好をして遊ぶプリンセスパーティがあるとのことで、友達の家に元気よく駆け込んでいった。

「お待たせしました。手土産用意してもらって助かりました」
「いいえ、良かったです」

徹も一緒に挨拶を終えたところで、停めてあった車に戻ってくる。
心は昼食もご馳走になるとのことで、迎えに行くのは夕方だ。
せっかくなら心を送りついでにドライブデートでもしよう、と徹が車を出してくれた。

車内には流行りのプレイリストがかけられていて、革張りのシートの座り心地が良い。エンジン音がとても静かで、外との音が遮断されている。


「今日は、お話ししたいことがあって。今後のことなんですけど」

徹が運転しながらそう言い、一花は背筋が伸びる。
恋人になって、土日もほとんど自宅に帰らない。
徹も前より早く帰宅するようになって、昼間もほとんど何もしていないので、これでお金を貰い続けるのは心苦しいと、一花も思っていたところだった。

「企業主導型保育園を設立する話が出てるんですよ」
「え?」

思わぬ言葉が耳に飛び込んできた。
企業主導型保育園とは、心が通っているような区立のものではなく、企業が運営元となって経営していく保育園のことだ。

「離職率の改善や福利厚生の話から、元々そんな話はあったんですが、中々人員が割けなくて、でもようやく話がまとまったんです」
「はい…」
「僕は保育に詳しくないから、しっかりした法人と契約もしたくて、そこも難航してたんですけど、ちょうど一花さんが働いていた法人と決まって」
「えっ」
「会社としては設置と資金、経営判断っていう感じで、運営は法人に任せるんです。実績もあるし、理事長も乗り気で」


徹は運転しながら、たまに一花に目線をやりながら、微笑む。
安心していいよ、と言われているみたいで、一花の緊張も少しずつほぐれていく。


「一花さん、現場が好きって言ってたし、今の心の送り迎えと家事じゃ、スキルも勿体ないかなと」
「徹さん…」
「アドバイザー的に立ち上げから関わって欲しくて、主任って形でどうですか?」
「良いんですか…?」
「ええ、人事は僕も関わって面接にも入る予定でしたし。一花さんなら経歴も経験もしっかりあって、文句ないです」

心のことは好きだし、今の生活に不満があるわけではないが、保育の現場で、担任として子ども達を指導したり、遊びを展開していくのも好きだった。
たまにそれが恋しくなっていただけに、徹の提案は、嬉しさで息が浅くなって、思わずシートに背中を押しつけた。


「嬉しいです…!」
「僕は別に、一花さんが働いてなくても、家でゴロゴロしててくれれば幸せなんですが、一花さんは働くのが好きみたいだし、今のままだと境目が曖昧なのとか嫌かなって」

全部、私のための、提案なんだ。
そう気づいて、思わず徹に抱きつきたくなる衝動に駆られる。

フロントガラスに、高速道路のフェンスが滑らかに流れていく。
もうすぐ海が見えそうだ。

「あとは…あの家にいる時は、完全にプライベートでいて欲しくて」
「…」
「僕独占欲強いですよね、キモがらないでくださいすみません」
「ふふ、キモくないですよ」

徹を見ると、少しだけ耳が赤い気がする。
変なところで恥ずかしがるところは、一花にはまだ掴めない。
もっと恥ずかしいこととか言ってるのに?と思うも、口に出さずに口角を上げて徹を見つめる。

「もう一つ、…家も、完全にこっちに住みませんか?」
「…良いんですか?」
「はい、一花さんと過ごすのを、当たり前にしたいです…」
「…嬉しいです、そうしたいです」

最近はほとんど帰ってなくて、家賃も勿体ないし掃除もしないとと思っていたところだ。悩んでいることを一瞬で解決してくれる徹が、頼もしく感じる。


「心も、喜んでくれると思いますし、僕たちのことも、ちゃんといずれ話したくて…」
「そうですね…」

その言葉に、徹が先を見越してくれていることが伝わって嬉しくなる。
心のことは、これからじっくり考えていけば良いだろう。
一花はそう思いながら、徹の横顔を見つめた。

徹が高速の出口に向かい、下道に降りた。
今日は湘南に連れて行ってくれるらしい。海なんてベタですかね?と、恥ずかしそうに言った徹が可愛くて、朝に一花からキスをしたが、今もくっつきたくてたまらない気分だ。


「徹さん」

赤信号で止まった隙に、一花は徹の腕を引っ張って軽く唇を寄せた。ちゅ、という微かなリップ音は、きっと一花と徹の耳元だけに届いた。
革のシートが少しだけ音を立てて、すぐに元の形に戻った。



「……行き先、ちょっとゆっくりできるところに変更しますか?」
「しません、今朝見せてくれたカフェ行きたいです」
「…じゃあ赤信号の度にキスしてください」
「しません、危ないんで」

徹が肘掛けに体重をかけ、こちらに体重を寄せたところで、信号が変わりましたと無機質な音声と音が流れ、徹は残念そうに元の姿勢に戻って車を走らせた。

「僕はバツイチだし子持ちだから、一花さんのご両親に何て言われるか…」
「えっ!?うちの両親に!?」
「もちろんです、同棲になるんですし、ちゃんとご挨拶しないと」

目的地まであと十分です、とナビが告げた。
プレイリストから流れる最新の音楽に合わせ、徹が上機嫌に鼻歌を歌っている。

「……徹さん、外堀埋めようとしてません?」
「えっあっ、一花さん、僕の思考読めるようになってきましたね!?」

徹は急に慌てた態度になり、赤信号で一花に弁明しようと必死に言葉を紡いでいる。そういう意味もなくはないですが、ちゃんとしたいからっていうのが一番ですよ、などと焦りながら言っている姿が可愛くて、一花は笑みをこぼす。

赤信号の度にキスしてくれ、そう言ったことも忘れている様子の徹に、一花は望み通り、また唇を寄せた。