「かっこいい」って言われ慣れてる俺が、あいつの言葉で赤面するまで。3、2、1

 中学の入学式。

新しい制服は少し重くて、桜の匂いが混じった春の風がやけに鼻をくすぐる。

 掲示板に貼り出されたクラス名簿を眺めながら、俺、東雲 零(しののめ れい)は、周囲の視線を背中に感じていた。

「ねえ、あの人カッコよくない?」「東雲くんって言うんだって。1組だってさ」

 女子たちのひそひそ話。そんなのは、小学校の頃から聞き慣れている。

 俺は「かっこいい自分」を演じるのが得意だ。誰にでも愛想よく、余裕のある笑みを浮かべていれば、世界は俺の思い通りに回る。

 ……そう、思っていた。

 家に帰って、あのリビングのドアを開けるまでは。

「零、おかえり! 紹介するわね。今日から一緒に暮らす、神崎 葵(かんざき あおい)ちゃんよ」

 リビングに入った瞬間、時間が止まった。

 ソファに座っていたのは、透き通るような肌に、少しクセのある柔らかそうな髪をした女の子。俺と同じ中学の制服を着ているけれど、サイズが少し大き
いのか、袖から指先が少しだけ覗いている。

 彼女がゆっくりと立ち上がり、俺の目をまっすぐに見上げて言った。

「……はじめまして。神崎葵です。今日から、よろしくお願いします……お兄ちゃん」

 ふわり、と花が咲いたような笑顔。

 その瞬間、俺の心臓は、人生で一番大きな音を立てて跳ねた。

(……やばい。可愛すぎる)

 一目惚れ。

 ガラじゃないけど、それ以外の言葉が脳内から消し飛んだ。

 けれど、完璧な「王子様」を気取っていた俺のプライドが、素直になることを拒絶する。

 顔が熱い。耳が燃えるように熱い。赤くなっているのを悟られたくなくて、俺はとっさに口を開いた。

「……ふーん。お前が、新しい居候? どんくさそう。足手まといになんなよ」

 心の中では「めちゃくちゃ可愛い」って叫んでるのに、出たのは最低な暴言だった。

 葵は怒るどころか、少ししょんぼりと眉を下げて、申し訳なさそうに笑った。

「えっ……? ごめんね、私、ちょっと抜けてるってよく言われるから……頑張るね?」

 その健気な反応が、さらに俺の罪悪感を突き刺す。違う、そんなことが言いたいんじゃない!

 本当は「これからよろしく」って、優しく頭を撫でてやりたかったのに。

「……ま、せいぜい迷惑かけんなよ。俺、忙しいから」

 俺は逃げるように階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込んでドアを閉めた。

 ガチャン、と鍵を閉める音が、静かな廊下に響く。

「……っあーーー!! バカか俺は!!」

 ベッドに倒れ込み、枕に顔を押し付けて悶絶する。

 学校では「完璧なイケメン」の俺。

 家では「冷徹な義兄」を演じることになってしまった俺。

 しかも、あいつは超がつくほどの鈍感らしく、俺の暴言を「厳しいアドバイス」だと本気で受け止めているみたいだ。

(最悪だ……。よりによって、義理の妹に一目惚れなんて)

 中学生になった初日。

 俺の「完璧な日常」は、たった一人の「妹」によって、派手に崩壊した。