好きになった人は、みんなのアイドルで

学祭初日。 前日に仕込んで寝かせておいた生地を焼く。
思ったよりも大変。
確かにこれはしばらくパン焼きたくなくなるかも。

「誰か売り場にパン持って行けるー?」
「あ、私行きます!」

オーブンの順番の関係で少し待ち時間があった。
トレーに山積みのパンを持って外へ行く。

売り場に行くと、ちょうど悠太郎くん達が来ていた。
……そして、悠太郎くんに腕を絡ませる美桜ちゃん。

(やばい、今はやばい、悠太郎くんこっちに気付かないで)

願いも虚しく、悠太郎くん達に声を掛けられる。
「お!紬ちゃん!」
「パン買いに来たよー」
「こないだ、ありがとう」
あー、れんくん、こないだの話はダメです!

「こないだってぇー?」
美桜ちゃんが甘い声を出す。
「こないだ、紬ちゃんの試作のパンもらったんだよ」
「えぇー、二人そんな仲良しなのぉー?」

チラッとこっちを見る美桜ちゃんの視線が冷たい。

「美桜ちゃん、パン買うから、会計してくれる?」
「うん、いいよぉ」
横を通る美桜ちゃんに睨まれる。

「これ、紬ちゃんのパン?」
「……う、うん、これ。焼きたてだから買ってって」
「分かった、ありがとう」
悠太郎くんは今日もかっこいい。
……けど、隣からの冷ややかな視線に耐えられない。

「じゃね、美桜ちゃん。売り子がんばって」
「うん!悠太郎くんまた来てね♡」

「紬ちゃん、またね」
「うん、またね」
たくみくんとれんくんも手を振る。

3人が見えなくなる前に調理室に戻ろうとすると
「ねえ、紬ちゃん、抜け駆け禁止って言ったの忘れた?」
と冷ややかな声がする。
さっきの甘い声を出していた美桜ちゃんと同一人物とは思えない。
「ご、ごめん……」
「紬ちゃんさあ、調子乗ってるよ。皆の悠太郎くんなの、忘れた?」
「……うん、ごめん」

空のトレーを抱えて調理室に戻る。
……なんで、なんで美桜ちゃんにそんなこと言われなきゃいけないの。
でも、何も言い返せなかった自分も悔しい。
"皆の悠太郎くん"。
……やだ、"私の悠太郎くん"になってほしい。