好きになった人は、みんなのアイドルで

講義が始まる前の教室。
少しだけ騒がしい空気の中で栞が声をかけてくる。
「紬おはよー」

「おはよ、栞。……ねえ、私なんか変かもしれない」
「え?どした?体調悪い?」
「いや、そうじゃなくてね……」
「うん?」
「……昨日、ゆうたろうくんがバイト先来てさ、」
「うん」
「つむぎちゃんおつかれって言われた」
「それの何が変なの?」
「緊張して、全然上手く喋れなかった……」
「あはは、仕方ないじゃん、推しなんだから」
「その推しって言うのやめてよ」
「だって推しじゃん、それとも好き?」

好き?って聞かれて、一瞬頭が真っ白になる。
(つむぎちゃん)
ゆうたろうくんの声を思い出す。
つむぎちゃん、おつかれって言ってくれた……

「赤くなってるじゃん、紬、ほんとに悠太郎くんのこと気になってないの?」
栞に顔を覗き込まれて何も言えない。
「好き、とかじゃない、よ……」
「紬ってほんとに顔に出るよね」
「えっ」
「紬、悠太郎くんのこと見すぎ」
(え、そんなことない、はず)
何も言えないでいると
「ちょっと悠太郎くんいいなーと思ってたんだよなー、あ、ちょっとだけね、やっぱかっこいいじゃん、有名人だし」と栞が笑う。
「や、えっと、ちが」
「いいじゃん、悠太郎くん。学食で喋ってるとき、紬嬉しそうだったよ」
「……でも、好き、とかじゃないよ」
否定したつもりなのに声が小さくなる。
「分かった分かった、ごめん」

教授が入ってくる。 「授業始めるぞー」
「また後で聞くから」 栞が小さく呟いて前を向く。

え、ゆうたろうくんのこと、好き?
そんなの、ない、……はずなのに。

(つむぎちゃん、おつかれ)
あの声が頭から離れない。

また会いたい、なんて思ってしまった自分に、
気付かないふりをした。