君だけのジミニー・クリケット

 ーー遠くの方から、黒煙をあげる重苦しいエンジン音が聞こえてきた。
 夕日の色を纏った姿は、行きと同じ、ひどく煤けた顔をしている。

 止まったバスが吐き出した排気ブレーキの空気音は、まるでため息のように僕たちの足元をなでていた。

「……行こう」

 僕は彼女に促すように言ったが、自分の声さえも、この静寂の中では場違いなほど乾いて聞こえた。

 錆びついた扉が、軋む音を立てて開く。
 段差を上がる彼女の背中は、行きの時よりも少しだけ小さく見えた。

 ギィ、と鳴る木製の床。

 誰もいない車内には、使い込まれたビニールレザーの匂いと、逃げ場を失った熱気が淀んでいた。

 僕たちは、行きの時と同じ、横向きの長い座席に腰を下ろす。
 彼女が隣に座るなり、僕は無言で窓のサッシに指をかけた。

 力を込めて窓を押し上げると、生ぬるい風が車内に流れ込み、彼女の髪を静かに揺らす。

 走り出したバスの振動が、座席のバネを通じて心臓まで伝わってくる。

 彼女の手にはもう、あのメモを握りしめてはいなかった。