5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。




『……はっ、離して、ください……』



熱に浮かされたような声で拒絶しても、
手首を掴む指先にはさらに力がこもる。



「やだ」



子供のように短く、頑固な拒絶。

至近距離で見つめ合う佐原先輩の瞳は、
潤んでいて、今にも壊れてしまいそうだった。


不思議と、怖くはなかった。あんなに男性が苦手だったはずなのに、信頼している先輩だからこそ、この距離になっても「恐怖」は芽生えてこない。


でも。


私の心の真ん中に居座っているのは、
いつだって翔先輩だ。


どれだけ目を逸らそうとしても、
どう頑張っても、私は翔先輩のことしか好きになれない。



「……俺じゃ、だめかな」

『へ……っ……』



心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。



「海緒ちゃんを救うヒーローは……俺じゃ、だめかな」



真っ直ぐに、心の中に踏み込んでくるような言葉。

なんて返せばいい? 何が正解なの?
正解を探して彷徨う私の思考を止めるように、先輩の顔がさらに近づいた。


ふわりと唇に触れた、柔らかくて、ひどく熱い感触。


……これって、嘘でしょ?


頭が真っ白になって、指先まで痺れたような感覚に陥る。

これが「キス」なんだと理解するよりも早く、
世界から音が消えた。


だから、私たちは気づけなかった。
背後のドアがゆっくりと、音もなく開いていくことに。