『……はっ、離して、ください……』
熱に浮かされたような声で拒絶しても、
手首を掴む指先にはさらに力がこもる。
「やだ」
子供のように短く、頑固な拒絶。
至近距離で見つめ合う佐原先輩の瞳は、
潤んでいて、今にも壊れてしまいそうだった。
不思議と、怖くはなかった。あんなに男性が苦手だったはずなのに、信頼している先輩だからこそ、この距離になっても「恐怖」は芽生えてこない。
でも。
私の心の真ん中に居座っているのは、
いつだって翔先輩だ。
どれだけ目を逸らそうとしても、
どう頑張っても、私は翔先輩のことしか好きになれない。
「……俺じゃ、だめかな」
『へ……っ……』
心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
「海緒ちゃんを救うヒーローは……俺じゃ、だめかな」
真っ直ぐに、心の中に踏み込んでくるような言葉。
なんて返せばいい? 何が正解なの?
正解を探して彷徨う私の思考を止めるように、先輩の顔がさらに近づいた。
ふわりと唇に触れた、柔らかくて、ひどく熱い感触。
……これって、嘘でしょ?
頭が真っ白になって、指先まで痺れたような感覚に陥る。
これが「キス」なんだと理解するよりも早く、
世界から音が消えた。
だから、私たちは気づけなかった。
背後のドアがゆっくりと、音もなく開いていくことに。
