「海緒も、ゆっくり休めよ。明日も朝練あるから、朝飯頼んだ」
意識して、いつもの「先輩」としてのトーンで言葉を投げる。
彼女の顔に影を落としたまま、この夜を終わらせたくなかった。
『……はい! もちろんです。明日のメニューも、もう決まってます!』
俺の言葉に、海緒がパッと顔を輝かせる。
戸惑いはまだ残っているはずなのに、それ以上に「役割」を与えられたことが嬉しいみたいに、
彼女はやる気に満ち溢れていた。
そんな彼女の邪魔を、これ以上、
俺の勝手な感情でしてはいけない気がした。
部屋に戻る彼女の背中を見送りながら、ふと思う。
(……もし、海緒が佐原のことを好きになったら)
それはそれで、いいんじゃないか。
そんな考えが、胸の奥に静かに着地した。
男の人が無理な状態で、震えながら俺の袖を掴んでいたあの日から、まだそんなに時間は経っていない。
そんな彼女に、もし好きな人ができて、
誰かと隣にいたいと願えるようになるのなら……。
それはとんでもない成長だし、
彼女が「本当の笑顔」を取り戻した証拠でもあるから。
……でも。
その「誰か」が俺じゃなかったとしたら。
俺は、本当に笑って「よかったな」なんて言えるんだろうか。
夜の廊下に一人残された俺は、自分の吐き出した綺麗な理想論に、ひどく胸を締め付けられていた。
