5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。




佐原の後ろ姿が見えなくなっても、
俺はしばらく動くことができなかった。


あいつのあんなに脆い顔、初めて見た。


突き飛ばしてでも奪い返そうと思っていた俺の熱は、行き場をなくして急速に冷えていく。



「……大丈夫、か?」



ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど低くて優しさに欠けていた。


まだ少し肩を震わせている海緒を気遣いながらも、俺の心の中には、あいつに向けられた彼女の「優しさ」を恐れる気持ちが澱(おり)のように溜まっている。


海緒は、濡れた手をぎゅっと握りしめたまま、
俺を見上げた。



『私は平気……ですけど。佐原先輩……すごく、思い詰めたような顔をしていて……』



その瞳に浮かんでいるのは、
自分を怖がらせた男への「恐怖」ではなく、あいつを思いやる「心配」の色だった。


それが、俺の胸をチクりと刺す。
海緒は、佐原が抱えていたものの正体には気づいていない。

でも、彼が放った「痛み」だけは、
真っ直ぐに受け取ってしまったんだ。



「……あいつ、馬鹿だからな」



俺は、彼女を安心させるように、
わざとぶっきらぼうにそう言った。


本当は、あいつがどれほど必死だったか、
同じ男として嫌というほど分かってしまう。


そして、その必死さに海緒の心が揺れていることに、俺は猛烈な焦燥感を覚えていた。


海緒のそばに歩み寄り、彼女の冷え切った手に、
自分の手を重ねる。

俺の、震えるような独占欲に気づかないでくれと、心の中で願いながら。