5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。




佐原は弾かれたように海緒から腕を離すと、
ゆっくりとこちらを振り向いた。


今すぐ殴り飛ばして、海緒を奪い返して……。
そう思っていたはずなのに、俺の身体は入り口で硬直した。


(……なんだ、これ。……なんだよ、こいつ)


湧き上がっていた怒りが、奇妙な違和感に塗りつぶされていく。


目の前に立っているのは、
いつもの余裕たっぷりな佐原じゃなかった。

肩を落とし、まるで魂が抜けてしまったかのように、気力のないボロボロの姿。



「……ごめん」



掠れた声で、あいつが呟く。
普段の佐原だったら、絶対にありえない落ち込みようだった。


いつものあいつなら、俺の怒りなんて適当にいなして、「俺も海緒ちゃんが好きになっちゃったんだよね」なんて、不敵に笑って抵抗してきたはずなのに。


あまりの様子の違いに、強く言いすぎてしまったのかと、俺の拳から力が抜けていく。


いや、違う。あいつは俺に怒られたから凹んでるんじゃない。

自分の感情を制御できず、海緒を怖がらせてしまった自分自身に、絶望してるんだ。



「ごめん、海緒ちゃん。……ごめん、翔」



もう一度、力なく謝罪の言葉を口にして、
佐原は逃げるように厨房から去っていった。


残されたのは、静まり返った空気と、
ただ呆然と立ち尽くす俺と海緒。


初めて見る「本気」の佐原。
あいつのあの顔を見た後じゃ、何を言っても、ただ空しく響くだけだった。