佐原は弾かれたように海緒から腕を離すと、
ゆっくりとこちらを振り向いた。
今すぐ殴り飛ばして、海緒を奪い返して……。
そう思っていたはずなのに、俺の身体は入り口で硬直した。
(……なんだ、これ。……なんだよ、こいつ)
湧き上がっていた怒りが、奇妙な違和感に塗りつぶされていく。
目の前に立っているのは、
いつもの余裕たっぷりな佐原じゃなかった。
肩を落とし、まるで魂が抜けてしまったかのように、気力のないボロボロの姿。
「……ごめん」
掠れた声で、あいつが呟く。
普段の佐原だったら、絶対にありえない落ち込みようだった。
いつものあいつなら、俺の怒りなんて適当にいなして、「俺も海緒ちゃんが好きになっちゃったんだよね」なんて、不敵に笑って抵抗してきたはずなのに。
あまりの様子の違いに、強く言いすぎてしまったのかと、俺の拳から力が抜けていく。
いや、違う。あいつは俺に怒られたから凹んでるんじゃない。
自分の感情を制御できず、海緒を怖がらせてしまった自分自身に、絶望してるんだ。
「ごめん、海緒ちゃん。……ごめん、翔」
もう一度、力なく謝罪の言葉を口にして、
佐原は逃げるように厨房から去っていった。
残されたのは、静まり返った空気と、
ただ呆然と立ち尽くす俺と海緒。
初めて見る「本気」の佐原。
あいつのあの顔を見た後じゃ、何を言っても、ただ空しく響くだけだった。
