5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。




片付けを手伝いに戻ろうとした矢先、
厨房から二人の声が漏れてきた。


最初は、いつもの軽いやり取りだと思っていた。
なのに、耳に飛び込んできたのは、聞いたこともないほど切羽詰まった佐原の声だった。



『ごめん……いまは、離したくない……っ……』



その言葉を聞いた瞬間、思考が真っ白になり、
足が勝手に動き出していた。


心臓の鼓動が、警報のように耳の奥で激しく打ち鳴らされる。

辿りついた厨房の入り口。

視界に入ったのは、戸惑う海緒を一方的に抱き寄せ、強く、剥がしようのない力で抱きしめている佐原の姿だった。



(……あ、……)



喉の奥で、言葉にならない声が固まった。
何やってんだよ。お前、何してんだよ、佐原。


怒りよりも先に、胸を刺したのは焼け付くような嫉妬だった。


俺だって、ずっと我慢してきた。


震える彼女をこの手で包み込みたい衝動も、
誰にも触れさせたくない独占欲も、彼女の「リハビリ」を壊さないために、血が滲むほど唇を噛んで押し殺してきたのに。


一番信頼していた親友が、俺が必死に守ってきた一線を、いとも簡単に踏み越えていた。



「なにしてんだよ」



自分の声だとは思えないほど、低く、
冷え切った声が出た。
握り締めた拳が怒りで震える。

彼女を怖がらせたくない。
その一心で保っていた俺の理性が、佐原のその腕を見た瞬間、音を立てて崩壊した。