5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。




『……あ、あの、佐原先輩……そろそろ……』



腕の中で、戸惑ったような海緒ちゃんの声がする。
わかってる。離さなきゃいけないことくらい。


でも、一度触れてしまった体温を手放すのが怖くて、俺はさらに腕に力を込めてしまった。



「ごめん……いまは、離したくない……っ……」



情けない。自分でも驚くほど、声が震えて、掠れている。
恐怖で震えてもおかしくないのは、いきなり抱きしめられた彼女の方なのに。


今の俺は、彼女に拒絶されることを何よりも恐れている、ただの臆病者だ。



『……なにか、つらいことでも、ありましたか……?』



どこまでも優しい、心配そうな声。その慈愛に満ちた言葉が、俺の卑怯な独占欲をさらに惨めにする。

謝りたいのか、奪いたいのか。
自分でも制御できない感情が溢れそうになった、その時。



「なにしてんだよ」



背後から、鼓膜を震わせるような、
ドスの効いた低い声が響き渡った。


振り返らなくてもわかる。
心臓を直接掴まれたような、この冷たい重圧。



『……っ! 翔、先輩……』



海緒ちゃんが小さく息を呑む。

さっきまで俺を包んでいた穏やかな夏の夜の空気は、一瞬にして凍りついた。


そこにあるのは、友情も遠慮もすべて削ぎ落とした、一人の男としての「怒り」だけ。


俺の腕の中にいる彼女を、その鋭い視線だけで引き剥がさんとする翔が、そこに立っていた。


【佐原side おわり】