5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。




『ありがとうございます、そんなに大切にしてくれて。でも、次は冷えてるうちに飲んでくださいね? 炭酸も抜けて、どんどん不味くなっちゃいます笑』



無邪気に笑う彼女に、「わかった。次からそうするね」と返すのが精一杯だった。

彼女にとっては、ただの飲み物の話。
でも俺にとっては、形のない想いをどうにかして繋ぎ止めたいという、必死な抵抗だった。


着々と進んでいく洗い物。終わりが近づくにつれ、俺の焦りは募っていく。



『残りは私がやりますね。佐原先輩は、明日に備えて休んでくださいね』



スッと差し伸べられた彼女の手。
その指先が近づくたび、心臓が痛いくらいに跳ねる。


「おやすみ」を言って離れてしまえば、また彼女は俺の届かない「翔のいる場所」へ戻ってしまう気がした。

嫌だ。もうちょっとだけ、あと少しだけ、彼女の温度を感じていたい。



「……海緒ちゃん。俺がくっついたら、怖い?」



思わず溢れた言葉。彼女は手を止めて、
不思議そうに首を傾げた。



『……? いえ、佐原先輩なら問題ないと思いますが』



その言葉が、今の俺には一番残酷だった。

「問題ない」のは、俺を男として意識していないからなのか。
それとも、心から信じてくれているからなのか。


確かめる余裕なんて、もうなかった。



「ごめん、ちょっとだけ」



まだ水に濡れたままの彼女の手を取り、
自分の方へと強く引き寄せる。



『佐原先輩っ、服が濡れちゃいますっ……』

「すぐ乾く。気にしないでいいよ」



腕の中に収まった小さな肩。
濡れた指先の冷たさが、火照った俺の胸にじりじりと染み込んでいく。

海緒ちゃんの柔軟剤の香りと、夏の夜の匂い。
驚きで固まっている彼女を抱きしめながら、俺は自分の醜い独占欲を、ただ静かに噛み締めていた。