5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。



「ねえ待って、めっちゃいい匂いすんだけど!」

「うわ、マジか。これ、漆山さんが全部作ったの?」



練習を終え、一足先に戻った部員たちが、
食堂の入り口で騒ぎ始める。


時刻は19時を少し回った頃。

玄関の扉を開けた瞬間、汗の匂いを塗りつぶすような、甘辛くて香ばしい、暴力的なまでに食欲をそそる匂いに包まれた。


食堂のテーブルには、数え切れないほどの大皿に盛られたおかずが並んでいた。

そして、その中心に鎮座するのは、
黄金色に輝くトロトロの親子丼。



「……これ、全部……」



俺たちだったら、この量を一人でこなそうなんて考えただけで、包丁を投げ出したくなるだろう。


けれど彼女は、俺たちの言葉を信じて、
たった一人でこの場所を守り抜いたんだ。


キッチンカウンターの奥で、少しだけ頬を上気させた海緒が、最後の汁物を器によそっているのが見えた。

あんなに小さな手で。あんなに細い腕で。


重い鍋や、大量の食材と格闘していた彼女の背中を想像して、胸の奥が熱くなる。



「……お疲れ様。凄すぎるだろ、これ」



俺が声をかけると、彼女は驚いたように顔を上げ、それから安心したように、ふにゃりと目尻を下げた。



『おかえりなさい、翔先輩。……ちょうど、今終わったところです』



その誇らしげな笑顔を見て、俺は改めて思い知らされる。
彼女は俺が守るべき「弱くて儚い存在」なんかじゃない。


俺たちが泥だらけになって戦える場所を、誰よりも強く、温かく支えてくれる……このチームになくてはならない、最高のマネージャーなんだ。



「残さず食えよ!残したやつは明日から夕食なしだ」



俺の号令に、部員たちが「うおおお!」と歓声を上げる。
その賑やかな空気の中で、俺は自分だけに向けられた彼女の笑顔を、誰にも盗られないようにそっと心の奥に閉じ込めた。