『……佐原先輩、これ』
ふいに差し出された冷たい感触に、思考が止まった。
視線を落とすと、そこには水滴のついたペットボトルのサイダー。
「え、いつ買ったの、これ」
『スーパーの前の、自販機です』
彼女は少しはにかみながら、自分の持っていた一番軽い袋からそれを取り出した。
『ずっと重いもの持ってるから、佐原先輩、すごく顔が赤くて……。本当は、宿に戻ってからのお礼として渡そうと思ってたんですけど。……特別です』
特別。
その二文字が、脳内で何度もリフレインする。
顔が赤いのは、暑さのせいだけじゃない。
重い荷物のせいでもない。
全部、目の前で首を傾げている彼女のせいなのに。
(……ああ、もう。本当に、勘弁してよ)
今まで、女の子からプレゼントや差し入れなんて、腐るほどもらってきた。高価なものも、手の込んだものも。
それなのに、たかが自販機の、たかだか百数十円のサイダー一本が、どんな高級品よりも俺の胸を熱くさせる。
「……ありがと。今、飲みたかったんだ、これ」
受け取ったペットボトルは驚くほど冷たくて、けれどそれを握る俺の手は、情けないくらいに熱を持っていた。
「お礼」だなんて、そんな義理堅いことを考えていた彼女の純粋さが、今の俺には眩しすぎる。
……やっぱり、ズルい。
「欲しい返事はできない」と言いながら、こんな風に、俺の心の柔らかいところを無防備に突いてくる。
「……これ飲んだら、宿までノンストップで走っちゃうかもね」
なんとか絞り出した軽口。
シュワシュワと泡立つサイダー越しに見える夏空が、さっきよりも少しだけ、鮮やかに見えた。
【佐原side おわり】
