5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。



合宿所に到着し、荷解きを終えたばかりの騒がしいロビー。



「ねーねー海緒ちゃん、今日のご飯なあにー?」



佐原の軽い声を合図に、他の部員たちも「マネージャーの飯、楽しみにしてたんだよ!」と口々に声を上げ始めた。



『えっ……と、メニューはまだ決まってなくて。これから食材を買いに行きながら決めようかな、と……』



海緒がぎこちなく、けれど精一杯の笑顔で答えようとした、その時だった。



「じゃあさ、俺らも荷物持ちに行くよ! ついでに肉多めになるよう交渉しちゃおうかな」

「いいな、俺も行くわ! 海緒ちゃんと買い出しなんて、合宿の醍醐味じゃん」



声を上げたのは、佐原でも俺でもない、
数名の部員たちだった。

彼らには悪気なんて微塵もない。
ただの親愛の情で、ただの親切心だ。


けれど、その「見知らぬ男子たちの集団」に囲まれそうになった瞬間、海緒の顔からスッと血の気が引いた。

隣に立つ彼女の肩が、目に見えて小刻みに震え始める。
怯えた瞳が泳ぎ、助けを求めるように泳いだ視線が、一瞬だけ俺とぶつかった。


(……マズい)


俺が割って入ろうと一歩踏み出した瞬間、
わずかに早く、佐原が動いた。

あいつはわざとらしく、部員たちの間にひょいと割り込む。俺はあいつの背中に、「任せろ」という無言の合図を感じた。



「だーめ。食材を買いに行く時は、俺と行くって決まってんの! 海緒ちゃんとの貴重なデート、邪魔しないでよね〜」



佐原がおどけた調子でピースを作ると、部員たちは「えーっ、また佐原かよ!」「抜け駆け禁止!」と野次を飛ばしながらも、笑って散っていった。


……デート、という言葉には正直、
胸の奥がザワつくような苛立ちを覚えたが。


それでも、隣で海緒が「……っ」と大きく息を吐き、崩れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、安堵の表情を浮かべたのを見て、俺は握りしめていた拳をそっと解いた。


今は、あいつの軽口に救われた。

けれど同時に、突きつけられたような気がした。
合宿というこの場所は、彼女にとって、一歩間違えれば地獄に変わる危うい場所なのだということを。