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大型バスが低いエンジン音を響かせ、
学校の喧騒を背に出発した。
冷房の効いた車内は、部員たちの騒がしい声で満ちている。けれど、俺の意識は隣に座る彼女の存在だけに支配されていた。
街並みがゆっくりと流れ始めて数分。
ふと、隣から小さく安堵したような吐息が聞こえた。
『……良かったです』
窓の外を眺めていた海緒が、膝の上で手を組みながら、ぽつりとそう零した。
「……何が?」
意識して、できるだけ平静な声を出す。
すると彼女は、少しだけ俺の方へ体を傾け、
誰にも聞こえないような小声で続けた。
『席、翔先輩の隣になれて……。もし他の人だったらどうしようって、ずっと心臓がバクバクしてたんです』
その瞬間、俺の胸の奥も、
彼女に呼応するようにドクンと大きく跳ねた。
「翔先輩で良かった」ではなく、
「翔先輩じゃなきゃ嫌だった」という、剥き出しの信頼。
ツインテールの毛先が、揺れるたびに俺の肩に微かに触れる。
「……バカ。俺以外の隣になんて、させねえよ」
照れ隠しで少しぶっきらぼうに、
けれど確かな独占欲を込めて言い返すと、海緒は「ふふっ」と、今日初めての、柔らかく透き通った笑顔を見せた。
『はい。……やっぱり、先輩の隣が一番安心します』
あの日、絶望の淵にいた彼女に差し出した手が、今、こうして彼女の「安らぎ」に変わっている。
その事実が誇らしくて、愛おしくて。
俺は、窓の外へと視線を逃らしながら、誰にも見られないようにそっと、自分の頬を緩ませた。
