『翔先輩、ちょっと……しゃがんでくれませんか?』
首を傾げて上目遣いに言われ、俺は吸い寄せられるように膝をついた。
彼女の視線の高さまで、ゆっくりと体を沈める。
次の瞬間、海緒がそっと口元に手を添えた。
周囲の喧騒を遮断するようにして、彼女の唇が俺の耳元に寄せられる。
『……安心してください。私は、翔先輩以外、見えてません』
心臓の鼓動が、一瞬だけ跳ね上がって止まった。
囁かれた吐息が、耳たぶを熱くくすぐる。
『自信を持って、私へのその気持ちを貫いてください。……いつか、ちゃんと応えられるように、努力、するので……っ』
伝え終えた海緒の顔を覗き込むと、それは俺の赤面なんて比じゃないくらい、熟した果実のように真っ赤に染まっていた。
潤んだ瞳を必死に瞬かせ、逃げ出したくなるのを堪えるようにして俺を見つめている。
ああ……。
好きだ。本当に、好きだ。
不甲斐ないプレーをして、周りも見えなくなって。
そんな俺を、彼女はこんなにも真っ直ぐな言葉で救ってくれる。
増え続けていく「好き」という感情が、もう胸の器から溢れ出そうだった。
「漆山さーん! スポドリ、まだあるー?」
遠くから上がった部員の無邪気な声に、
海緒がびくんと肩を揺らした。
『……っ!……は、はいっ! あります! 今すぐ準備しますねっ』
魔法が解けたように、彼女は慌てて俺から距離を取る。
そして、長い髪を揺らしながら、逃げるような足取りで部員たちの元へと駆けていった。
一人残されたコートの真ん中で、俺は痺れるような幸福感に包まれたまま、彼女の小さくなっていく背中をいつまでも追い続けていた。
