5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。



次に佐原が口にした言葉は、俺たちの予想を遥か斜め上から踏みつけるものだった。


「だって、もし付き合ってないなら、俺にも『海緒ちゃんを幸せにする権利』があるでしょ?」


――思考が、一瞬だけ停止した。
屋上を吹き抜ける風の音さえ、遠くに消える。

今、こいつは何て言った?

耳を疑う俺を余所に、佐原はいたずらっぽく、
けれど一切の迷いなく笑ってみせた。


「俺、海緒ちゃんのこと、翔に負けないくらい本気で好きだよ」


さっきまでの和やかな空気は、完全に霧散した。

親友だと思っていた。一番の理解者だと思っていたあいつが、今、俺の目の前で、俺の最も守りたい存在に、宣戦布告をしたんだ。


冗談だと言って笑い飛ばせばいい。
そう思いたいのに、あいつの眼差しがあまりに真剣で、俺は言葉を失った。

……俺の、親友で。

海緒の過去を一緒に聞き、一緒に憤ってくれた、唯一の理解者だったはずなのに。


「ふざけるな……っ!」


俺は、自分でも驚くほど低い声を出していた。
ズボンを拭いていた手を止め、勢いよく立ち上がる。

気づけば、俺は海緒を庇うように、
彼女の前に一歩踏み出していた。


「海緒は、誰の所有物でもない。……でも、お前にだけは、絶対に譲らねえ」


剥き出しになった俺の独占欲。
それを聞いた海緒が、後ろで小さく息を呑むのがわかった。

彼女に「男」としての恐怖を与えたくないと、あれほど自分を律してきたのに、今はそんな理性を吹き飛ばすほど、佐原への敵意が溢れてくる。


『……っ、翔、先輩……佐原、先輩……』


海緒の声が震えている。
見上げれば、佐原は相変わらず静かに笑っていた。

勝利を確信しているような、あるいは、俺のこの「本性」を引き出したことを楽しんでいるような……得体の知れない笑み。


「あはは、翔、すっごい顔。……いいよ、その顔。ようやく海緒ちゃんを、一人の『女の子』として見てるじゃん」


佐原はそう言うと、持っていたパンの袋をくしゃりと丸めて、ひょいとゴミ箱に投げ入れた。


「今のままの、ただ『守ってあげたい後輩』っていうぬるい関係。俺が壊してあげるよ」