「……別に俺、謝られるようなことしてねーよ」
『……』
「俺が勝手に、したいからしてるだけ。謝られるより、お礼してくれる方がいいんだけどな」
普段、女に愛想を振りまくのは仕事みたいなもんだ。
笑顔を見せて、甘い声を出す。そうすれば、波風立てずにやり過ごせるから。
でも、目の前で俯くこいつにだけは、
そんな「嘘」を吐く気になれなかった。
他の女とは、何かが違う。
うまく言葉にできない予感が、
胸の奥をざわつかせている。
『……ありがとう、ございました』
「……ん。あと、男、怖いんだよな。密室に二人ってのもキツいだろ。……俺、そろそろ行くわ」
初めて真っ直ぐに向けられた、彼女からの感謝。
どこにでもあるはずの「ありがとう」という言葉が、今の俺には、どんな愛の囁きよりも鋭く突き刺さった。
動揺を悟られないよう、逃げるように保健室をあとにする。
授業に戻る気なんてさらさらない。
胸の奥で暴れる、この正体不明の熱を
どうにかしたくて、俺は吸い寄せられるように静まり返った図書室へと足を踏み入れた。
ポケットからスマホを取り出し、震える指で検索欄を埋めていく。
【胸がドキドキ 一人の女性を見ると苦しくなる】
打ち込みながら、自分でも呆れる。
中学生かよ。何やってんだ、俺。
そんなキモい自問自答を繰り返しながら、
画面をスクロールした。
「……は……?」
表示された検索結果に、思わず間抜けな声が漏れた。
【それは重い病気ではなく、恋の病です】
恋の、病。
スマホを握りしめたまま、俺はそのまま
図書室の隅でフリーズした。
俺が?よりによって、永瀬翔が?
誰よりも恋なんて馬鹿にして、遊び倒してきたはずの俺が。
あんな無愛想で、一歩近づけば怯えるような、あいつに――。
「まじかよ……」
その言葉は、自分の変化への拒絶でも、
恋に落ちたことへの後悔でもなかった。
表示された四文字が、あまりにも残酷なまでに、今の俺の状況を言い当てていたからだ。
「俺に勝ち目ねえじゃん、こんなの……」
今まで、恋愛なんて「攻略するゲーム」みたいなものだと思ってた。
微笑んで、誘って、適当に落とす。
それだけで全部うまくいっていたのに。
相手は、男という存在そのものに震える少女。
俺がどれだけ手を伸ばしても届かない。
もし届いたとしても、彼女を怯えさせ、傷つけるだけだ。
振り向かせる方法なんて、どこを検索しても出てこない。
絶望的で、あまりにも勝算のない恋。
「……はあ。……まじで、どうにかしてる」
なのに、自覚した瞬間に加速するこの熱を、
止める術を俺は知らなかった。
彼女に拒絶される痛みよりも、彼女に触れられないもどかしさよりも。
今はただ、あいつが流す「5月の雪」のような涙を、この手で溶かしたいと願ってしまっている。
