先生に手当を済ませてもらい、保健室のベッドの中で眠る海緒。
その寝顔は、さっきまでの地獄が嘘だったかのように、驚くほど穏やかで、優しい。
……せっかく、少しずつ距離を縮めてきたのに。
俺のことを「翔先輩」って呼んでくれるまでになったのに。
あんな凄惨な事件に巻き込まれて、
海緒の心にまた深い傷ができてしまったんじゃないか。
そう思うと、奥歯が軋むほど悔しさが込み上げてくる。
人の関係を、積み上げてきた努力を、一瞬でぶち壊しにくる「女」という存在は、やっぱり吐き気がするほど大嫌いだ。
あいつらの自分勝手な嫉妬のせいで、どうしてこの子がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
「……海緒ちゃん、また独りになっちゃうのかな」
隣で椅子に座り、海緒の寝顔を見つめる佐原が、
消え入りそうな声で零した。
いつもおちゃらけているはずのあいつの顔には、
隠しきれない沈痛な色が浮かんでいる。
俺は何も答えられず、ただシーツから覗く海緒の手を、壊れ物に触れるようにそっと見つめた。
独りになんて、させない。
たとえ、海緒がまた心を閉ざしてしまったとしても、俺だけは、その壁を何度だって叩き続けると決めたんだ。
『……ん…………あれ、翔先輩……? 佐原先輩も……』
ゆっくりと開かれた瞳に、俺たちの姿が映る。
まだ意識がはっきりしないのか、海緒は不思議そうに瞬きを繰り返した。
「翔、ずっと海緒ちゃんが起きるのを待っててくれたんだよ」
沈黙に耐えかねたように、佐原が茶化すような、けれどどこか温かい声で言った。
「……それはお前もだろ」
俺がぶっきらぼうに返すと、海緒は一瞬だけきょとんとしてから、
『ふふっ……』
……笑った。
あんな地獄のようなことがあった後だというのに。
俺の、そして佐原の顔を見て、彼女は曇りのない、透き通った笑顔を見せてくれた。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥を締め付けていた重い鉄枠が、音を立てて外れた気がした。
俺も、そして隣にいる佐原も、言葉には出さないけれど、肩の力が抜けるような深い安堵に包まれる。
心に壁なんて、できていなかった。
それどころか、海緒はボロボロになりながらも、俺たちを「信じること」を、やめないでいてくれたんだ。
