5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。



「ただの俺らの元カノの分際で……っ! 偉そうに俺たちのテリトリーに踏み込んでくんじゃねえよ! 俺と翔が、お前らのせいでどれだけ苦労したのか分かってんのかよ!!」


静かだった佐原の声が、初めて激情に染まって旧校舎の壁を震わせた。

いつもの余裕なんて欠片もない。
吐き捨てられた言葉には、過去のしがらみに対する凄まじい嫌悪が混じっていた。

直後、肉を打つ強烈な衝撃音。

佐原の平手打ちをモロに食らった女たちが、まるでゴミ袋でも投げ捨てられたかのように、コンクリートの床へ情けなく転がった。


「がっ……、……ぁ……っ」


床に突っ伏し、うめき声を上げる彼女たち。

かつては嘘で「好きだ」なんて言ったこともある相手かもしれない。

けれど今の俺の目には、ただ海緒を傷つけた「不浄な存在」にしか映らなかった。

俺は海緒の耳を塞ぐように、その頭をさらに強く俺の体に押し付けた。

床に転がる女たちの、惨めで、汚らしい音を、これ以上海緒に聞かせたくなかった。


「謝れよ。……海緒ちゃんに、今すぐ謝れ」


佐原の声はもう、地響きのように低く震えていた。

それでもなお、床に這いつくばったまま憎しみのこもった目で睨みつけてくる女たちに、あいつの堪忍袋の緒がついに切れた。

向けられたのは、平手じゃない。硬く、鋭く握り込まれた、本気の拳。

「佐原、待て――!」

俺が叫ぼうとした、その時だった。
俺の腕の中にいたはずの海緒が、弾かれたように俺の胸から抜け出した。


『……っ、佐原先輩、ダメです! やめて……!』


あんなに震えていたはずなのに、海緒は迷うことなく、怒り狂う佐原の背中に後ろからしがみついた。


「……っ、海緒ちゃん!? だめ、離して。こいつらは、一発殴られないと分かんねえんだよ!」

『ダメ……ダメです……! 先輩の手が、汚れちゃう……っ。私のために、そんな……』


海緒の必死の訴えに、振り上げられた佐原の拳が空中で止まる。
俺は、海緒を連れ戻そうと伸ばしかけた手を、そのまま止めた。

佐原の背中で、涙を流しながら「これ以上傷つかないで」と願う海緒。

その健気な姿に、俺の中の荒れ狂っていた殺意さえも、行き場を失って静かに溶けていくのを感じた。