5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。


氷点下の声を叩きつけると、さっきまでの熱狂が嘘のように静まり返った。

誰もが凍りついた顔で後ずさっていく。
これでいい。これを機に、俺のくだらねえ好感度なんて地に落ちればいい。



「……大丈夫か?」



砂の上にしゃがみ込み、過呼吸気味に震える彼女を見つめる。

触れたい。抱きしめて安心させたい。
けれど、今の俺の手ですら、彼女にとっては恐怖の対象でしかない。


「俺は、君が望まない限り触らない。だから……ゆっくり息しよ。大丈夫だから」


俺はあえて一歩距離を置き、彼女の視線に合わせて砂の上に膝をついた。


『……落ち着きました。すみません、先輩も授業中だったのに』


聞き取りづらいほど小さな、けれど震えの止まった声。
怯えも拒絶も混じっていない、ただの「漆山海緒」としての言葉。

たったそれだけのことに、俺の心臓は見たこともない跳ね方をした。


なんだ、これ。


今までさんざん女に囁いてきた「好き」なんて言葉が、急に薄っぺらなガラクタに見える。

喉の奥にせり上がってきた得体の知れない感情を無理やり飲み込んで、俺は立ち上がった。



「保健室行こう。過呼吸のあとって、体だるいだろ」

『……いえ、慣れてるので。大丈夫です』



慣れてる、なんて。
そんな悲しい言葉、聞き流せるわけがない。

意地を張って立ち上がった彼女の足元は、
生まれたての小鹿みたいにフラフラでおぼつかなかった。


「その状態で体育なんて無理だろ。……いいから、ついてこい」


強引に前を歩き出す。
彼女は一瞬、困ったように眉を下げてから、
諦めたようにトボトボと俺の背中を追ってきた。

保健室の扉を開けると、運良く先生の姿はなかった。


「あー、不在か。……まあいい、ベッド使ってろ。俺がついてるから怒られねーよ」

『……っ、やっぱり戻ります』

「いいから。……あと、これ」


外の自販機で買ってきたばかりの水。
ラベルに冷たい雫が浮いたペットボトルを、布団の上にそっと置いた。

直接手渡せば、彼女の指先はまた、恐怖で震えてしまうかもしれないから。


『……すみません。何から何まで、気遣っていただいて』


俯いたまま、消え入りそうな声で彼女が言う。
その細い肩を抱き寄せられない代わりに、俺はただ、彼女に背を向けて窓を開けた。