「マネージャー! スポーツドリンク……ってあれ、漆山さんどこ?」
練習に区切りをつけた部員の何人かが、喉を鳴らしながら戻ってくる。
ちょうど俺も喉の渇きを感じていた頃で、戻ってきたであろう海緒に声をかけようとした。
……が、そこにあるはずの彼女の姿がない。
【海緒が、いない】
嫌な予感が、冷たい塊となって胃の腑に落ちた。
スポーツドリンクの補充に行くと彼女が告げたのは、何分前だ?
慌てて時計を確認する。……30分。
いくら丁寧に作業をしたとしても、戻ってくるのが遅すぎる。
……おかしい。
あの子が、喉を乾かして待っている部員たちを放っておいて、黙ってどこかへ行くはずがない。
もし仕事が嫌になったり、体調を崩したりしたのなら、真っ先に俺に言っているはずなんだ。
「……っ、海緒……!」
ラケットを放り出し、彼女が向かった水道の方へ駆け出そうとした、その時だった。
「翔! ちょっと来て、部室が……!」
コートの向こうから、血相を変えた佐原が叫びながら走ってくる。
あいつのあんなに切羽詰まった声、今まで聞いたことがない。
俺は全身の血が凍りつくのを感じながら、部室へと足を踏み出した。
「見て、これ……。海緒ちゃんがいないと思って、みんなより先に探してたんだけど……」
部室の扉を開けた佐原の声は、これまでに聞いたことがないほど掠れていた。
その視線の先にある光景を目にした瞬間、俺の視界がぐにゃりと歪んだ。
目の前に広がっているのは、無惨に荒らされた「日常」の残骸だった。
床一面に、ぶちまけられたスポーツドリンクが泥濘のように広がっている。
その上には、海緒が丁寧に運んでいたはずのタオルが、泥にまみれて力なく転がっていた。
追加で運ぼうとしたのか、それとも――これを使って、必死に抵抗したのか。
「……っ、みお……」
肺の空気をすべて引き抜かれたような感覚。
そして俺は、その惨状の真ん中で、ある「一点」から目を離せなくなった。
水溜まりの中に、ぽつんと落ちていた、淡い色のシュシュ。
ついさっきまで、彼女のポニーテールを優しく束ねていたもの。
俺が「可愛い」と、独り占めしたいと願った、彼女の象徴。
それが今は、持ち主を失って冷たい床に横たわっている。
「……誰だ。誰がやった……」
頭の芯が、沸騰するような怒りで白く染まった。
不安は、一瞬にして殺意に近い激昂へと変わる。
俺の、たった一人の大切な居場所を。あんなに一生懸命に前を向こうとしていた彼女を。
どこのどいつが、汚れた手で触れた――。
