5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。



『あの、また私から提案……いいですか?』

「ん、いくらでも」

『先輩のこと、……翔先輩って呼んでも、いいですか?』


――……っ。

おいおい、俺をどこまで追い込めば気が済むんだ、この子は。

「永瀬先輩」ですら心臓が持たないかと思ったのに、その先があるなんて聞いてない。

しかも、それをこれ以上ないほど健気な瞳で、無自覚にぶつけてくる。

あまりの衝撃と、内側から溢れ出した猛烈な喜びに、手に持っていたコーヒー牛乳のパックを思わず握り潰してしまった。

ベコッ、という鈍い音と共に、ストローから中身が少しだけ跳ねる。


『わっ、わっ……! 怒っちゃいましたか……? 嫌、でしたか? すみませんっ、忘れてください……っ!』


顔を真っ青にして、今にも泣き出しそうな勢いで謝り倒す海緒。

違う、違うんだ。嫌なわけがない。
嫌いなわけが……あるはずないだろ。


「……違う。怒ってない。全然、嫌じゃない」


俺は空になったパックを慌てて横に置き、必死に声を絞り出した。
心臓がうるさすぎて、自分の声がちゃんと届いているか不安になる。


「むしろ……その。……呼んでほしい」

『……いいんですか……?』

「…佐原とも話す機会が増えるだろうし、呼び分けたほうが分かりやすいだろ?」


照れ隠しで口にした理屈は、自分でも驚くほど苦しいものだったけれど。
海緒はパッと花が咲いたような笑顔を見せて、力強く頷いた。


『……っ……はい! ありがとうございます、翔先輩!』


不意打ちで響いた自分の名前に、心臓が跳ね上がる。

……可愛いなあ、もう。

前までの俺だったら、女の子に対して「可愛い」なんて思う暇も、興味もなかったのに。

さっきまで泣き出しそうな顔をしていたかと思えば、今はもう笑顔全開で。

表情が猫のようにコロコロ変わるところも。
放っておけないくらい泣き虫で、弱いところも。

全部、全部……。

ああ、俺は、この子がたまらなく大好きなんだ。
認めてしまった瞬間、もう逃げ場なんてどこにもなかった。

俺は、この笑顔を守るためなら、自分のすべてを賭けてもいいとさえ、本気で思っていた。