「そういえば、海緒ってお弁当手作り?」
『うん。コンビニとかのご飯、あんまり好きじゃなくて……』
お弁当箱の中には、彩り豊かなおかずが整然と並んでいる。隙間を埋める副菜まで丁寧に作られていて、彼女の几面目な性格が伝わってくるようだ。
「……どれでもいいからおかず、一口ちょーだい」
自分でも驚くほど自然に、そんな言葉が口を突いて出た。
海緒は一瞬で頬を赤く染め、声にならない声を漏らす。
こんなに純粋な反応をされたら、自制心の強い俺だって期待せずにはいられない。
『……唐揚げ、嫌いじゃないですか?』
「むしろ、めっちゃ好き」
『一口サイズの唐揚げなので、一個ぜんぶあげますね』
海緒は震える箸で、慎重に唐揚げを一つ摘み上げた。
そして、それをゆっくりと、俺の口元まで運んでくる。
自分でお願いしておきながら、いざとなると心臓の音がうるさくて、視線をどこにやればいいか分からない。
けれど、目の前の海緒はもっと分かりやすかった。
赤いなんてレベルじゃない。もはや、茹で上がったタコのように顔中を真っ赤にして、視線を泳がせている。
差し出されたそれを、俺は逃さず口に含んだ。
「……っ、うんま。天才かよ、これ」
噛み締めた瞬間、じゅわっと広がる旨味。だが、それ以上に「海緒が食べさせてくれた」という事実が、どんな高級料理よりも俺の脳を痺れさせた。
「あのー、もしもし! 俺がいるの忘れないでくれる!? 勝手に二人の世界に入らないでよ、もう!」
呆れたような佐原の声が、甘い空気を強引に引き裂いた。俺はなんとか冷静な声を絞り出す。
「お前が勝手についてきたんだろ。そもそも、元から二人の時間なんだよ」
平然と言ってのけたが、実際はそれどころじゃない。
俺の心臓は、これまでの人生で一度も経験したことがないほど「バックバク」に跳ねている。
勢いが良すぎて、本当に肋骨の内側で破裂するんじゃないかってくらいだ。
「はいはい、ごちそうさま。……まっ、普段見れない翔が見れたから満足。海緒ちゃん、また部活でね!」
「バイバーイ!」と無邪気に手を振って、嵐のように去っていく佐原。
あいつはやっぱり、どこまでいっても自由人だ。
ガチャリ、と重い扉が閉まる。
騒がしいのがいなくなって、急に静まり返った屋上に、俺と海緒の二人だけが取り残された。
さっきまで「あーん」をしていた余韻が、今さら猛烈な恥ずかしさとなって、俺の全身を駆け抜けていく。
