5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。



元気のいい返事をした後、海緒は配分表を食い入るように見つめながら、黙々と大量のスポーツドリンクを作っていった。


『先輩、できました!』

「よし、持っていくか」

『はい……っ、わっ……!』


スポーツドリンクがたっぷり入った重い容器を持ち上げようとした瞬間、海緒の体がフラリと大きく傾いた。

そりゃそうだ。あれだけ大量の水分を、華奢な女の子が一人で支えるには無理がある。


【触れたらダメだ】


脳裏を掠めた理性を、本能が塗りつぶした。
転びそうになった海緒の下へ、滑り込むようにして体を割り込ませる。

手で掴んで驚かせないよう、ただ、彼女を受け止めるための「クッション」として。

ドサッ、と鈍い音がして、海緒の柔らかな体温が俺の全身に重なった。


『わっ……ごめんなさいっ! 怪我してませんか!? すみません、今すぐ保健室に……』


慌てふためく彼女を宥めるように、俺はわざと軽く息を吐いて見せた。


「……海緒は軽いから、これくらい平気だよ。それより、怖くなかったか? いきなり体が当たっちゃって、ごめん」


密着した衝撃で、俺の心臓はうるさいほどに脈打っている。
だが、それを悟られないよう、俺は彼女の安否だけを真っ直ぐに気遣った。


『私は大丈夫です。……先輩、立てますか?』


目の前にスッと差し出された、海緒の小さな手。
思わずその掌を握りしめそうになって、俺はかろうじて理性を繋ぎ止めた。

……ダメだ。ここで安易に触れたら、さっき手を使わずに彼女を受け止めた意味がなくなってしまう。


「……手は怖いだろ、さすがに」


あの時の小指同士の約束とは、わけが違う。
掌を重ねれば、触れる面積だって広がるし、嫌でも俺との手の大きさの違いを実感させてしまうはずだ。

それが海緒を追い詰める引き金にならないか、俺はそればかりが心配だった。
けれど、海緒は差し出した手を引っ込めようとはしなかった。


『……この状態でいる方が、一人で空回りしてるみたいで恥ずかしいので。……怖くないですから、立ってくれませんか』


少しだけ頬を赤らめて、困ったように俺を見つめる海緒。
「怖くない」――その言葉が、俺の胸に痛いくらい真っ直ぐに刺さる。

彼女なりに、俺に触れることで、さっきの「助けてくれたお礼」を伝えようとしているのが分かった。


「……分かった。……じゃあ、借りるぞ」


俺は、彼女の勇気を踏みにじらないよう、壊れ物に触れるような慎重さで、その小さな掌に自分の手を重ねた。