5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。



一瞬、教室の空気が凍りついた。
自分が本気で怒ってしまったことに、後から猛烈な焦りと恥ずかしさが込み上げてくる。


「……悪い。言いすぎた」


俺がバツが悪そうに視線を外すと、佐原は驚いたように目を見開いた後、申し訳なさそうに眉を下げて笑った。


「いや、俺も悪かったよ。あんなデリカシーのない言い方して」


佐原はそう言って、椅子をガタつかせて座り直す。


「……まさか、本当にあるんだなあ。運命の出会いなんて」

「あー、だるいだるい。うるさいよ、お前」


わざとらしく耳を塞いで見せたが、顔の火照りはちっとも引いてくれない。


「だってそうだろ? 女嫌いなお前を、たった一日でここまで本気にさせたんだ。すげぇよ、あの子。魔法でも使ったんじゃないの?」


佐原の感心したような言葉が、胸の奥にすとんと落ちる。
魔法なんて、そんな大層なものじゃない。

ただ、5月の風の中で泣き出しそうな顔をしていた海緒の姿が、俺の心の鍵を壊して、勝手に入り込んできただけだ。


「……魔法とか、そんなんじゃない」


俺はカバンの中にあるクッキーをそっと指先で確かめ、誰にも聞こえないような小声で呟いた。

……魔法、か。

そんなものが本当にあれば、どんなにいいだろう。
魔法があれば、海緒をあんなふうに泣かせずとも、本当の気持ちを知ることができたのかもしれない。

魔法があれば、このもどかしい距離を、
一気に縮めることだってできたはずなのに。


「……何考えてんだ、俺」


柄にもなく、そんな子供じみた空想をしてしまった自分に苦笑する。
今の俺はさぞ情けない顔をしているに違いない。

だけど、現実には魔法なんてない。
近道も、裏技も、相手の心に無理やり入り込む呪文も、どこを探したって存在しないんだ。


地道に、少しずつ。


彼女が俺を怖がらなくなるまで、何度も屋上へ足を運んで、言葉を重ねていくしかない。


「……待ってるって、言ったもんな」


自分に言い聞かせるように呟くと、カバンの中のクッキーがカサリと音を立てた。


魔法はないけれど、俺には明日、彼女と会う約束がある。
それだけで、今は十分すぎるくらいだ。