5月の雪が止む頃に、君が本当の笑顔を取り戻せるように。


〝恋なんて、ただの脳内のバグだ〟


18年間、俺はそうやって自分に言い聞かせて生きてきた。

鏡を見るたびに映るこの整った顔は、
俺にとっては何の価値もない。

寄ってくる女たちは、中身なんてどうでもよくて、
ただこの「パッケージ」を所有したいだけ。

適当に笑って、甘い言葉を並べておけば、
あいつらは満足して帰っていく。
そうしていれば、俺の平和は守られる。
心なんて、どこにもない。


「おい翔!今日から2年に転校生が来るらしいぞ!」

「5月の連休明けに?珍しいな」

「女子だってよ!下まで見に行こうぜ。運命の出会い、あるかもよ?」


親友の茶化すような声に、俺は心の中で毒を吐く。
出会い?どうせまた、顔を見て頬を染めるだけの退屈な女だ。


「……うっせーよ。まあ、暇つぶしにはなるか」


友達という関係性を維持するために、
今日も俺は「完璧な翔」を演じて、騒がしい廊下へと足を踏み出した。


一階のホールは、野次馬の熱気で蒸せ返っていた。


「おい、あの子じゃね? ……っ、マジか、超美人」


友人の声に弾かれるように、視線をやった。
そこには、担任の背後に隠れるようにして立つ一人の少女がいた。

その瞬間、ざわついていた周囲の音が、遠くへ引いていった。



『……やめてよ……』



微かな、消え入りそうな声。

周囲の喧騒にかき消されて、誰の耳にも届かなかったであろうその呟きを、なぜか俺の耳だけが拾った。



違和感。





俺たちと目が合った瞬間、彼女の肩が小さく、
けれど激しく震えた。
透き通るような瞳に、うっすらと涙が溜まっていくのが見えた。


恐怖。絶望。あるいは、嫌悪。


今まで女たちが俺に向けてきた「熱」とは、正反対の冷たい色。


「漆山さん?大丈夫?」


担任が異変に気づき、声をかける。
すると彼女は、まるで魔法を解くように、
サッと髪を耳にかけた。


「……大丈夫です。心配かけてすみません」


そこにあったのは、非の打ち所がない、
向日葵のような笑顔。

さっきの絶望なんて、初めからなかったかのような完璧な演技。


「こらお前ら!HRが始まるぞ、戻れ戻れ!」


鬼の高山の怒号で、友人たちは慌てて走り出した。
俺もそれに続く。けれど、胸のざわつきは収まらない。



漆山――。



あの笑顔の下に何を隠している?

少なくとも、俺の顔を見て見惚れるような、単純な女じゃなさそうだ。