サボり魔と呼ばれた君。

 
 春の体育の時間。
 教室には、俺ともう一人の生徒しかいなかった。
 窓際の席で、黙々と何かを書いている女子。
 名前は「栞」
 俺は机に足を投げ出しながらそいつを眺めていた。

「なぁ、おめー」

 声をかけると、ペンが止まる。

「なんで体育サボってんの?」

 栞は言った。

「別に、なんでもいいでしょ」

 顔も上げないまま、そう返された。

「邪魔しないで」

 冷てぇやつ。

 そう思って俺は教室出た。
 それから何度か、同じ光景を見た。
 体育の時間になると、栞は必ず教室にいる。

「おめーさぁ、なんで体育だけ休むんだよ」

「…関係ないでしょ」

「サボりじゃねぇなら言えよ!」

 その時、初めて目があった。
 少しだけ、困ったような顔をしていた。
 でも、何も言わなかった。

 きっかけは本当にくだらないことだった。

「それ…」

 俺は栞のカバンを指差した。
「ピヨ吉じゃね?」
 黄色いひよこのマスコット。
 俺も同じようなものをつけている。
 栞は少しだけ目を見開いた。

「…なんで知ってるの?」

「好きだからに決まってんだろ」

「…子供っぽい」

「うるせぇな」
 
 その時、ほんの少しだけ笑ったような気がした。
  

 夏になった。
 プールの授業が始まる。
 当然のように、栞は休んでいた。
 それが、他の女子に目をつけられた。

「またサボり?」
「ずるくない?」

 女子の声が少しづつ強くなる。
 教科書の落書き、消えた持ち物。
 見て見ぬふりをしていた俺も、流石にやばいと思い、

「おい、やめろよ」

 そう言ってしまった。そしたら女子が

「何あんた」
「サボり魔導士で付き合ってんの?(笑)」

 …くそ。
 俺は何も言い返せず、その場を立ち去った。
 次の日、教室が騒がしかった。

「やば、あいつ倒れたって」

 俺の心臓が変な音を立てた。
 保健室へ駆け込む。
 ベッドの上で栞は横になっていた。
 栞の顔色は真っ白だった。

 「おめぇ大丈夫か」

 栞からの返事はない
 養護教諭の先生が言った。

「薬が見つからなかったんだって。」

 その瞬間、朝の会話が頭をよぎる。

   ーー隠して困った様子見ようぜーー

 この時隠していたのは薬だったんだと血の気が引いた。

 しばらくして栞が目を覚ました。
 
「あれ…なんで…ここにいるの?」
 
「おめぇさ…なんか病気抱えてんのか?」

 少しの沈黙

 「…私が5歳の時にね、白血病になったの。中学校卒業くらいまでね入退院繰り返してたの」
 「今はね、病院の先生とか検査結果とかでね、高校に通ってもいいって教えてもらってね、すっごく嬉しかったの」
 「でも、治りたてだから激しい運動はダメって言われてるんだ。だから体育の時休んでいるの。」
 
 そして、小さく笑いながら

 「薬、ないとさ、私、死んじゃうかもね」

 胸の奥がぐしゃぐしゃになった
 俺は、教室に戻って叫んだ。

「おめぇらなしてんだよ!!」

 全員がこっちをみる

「あの薬はな、命に関わってんだぞ!!」

 静まり返る教室

「死ぬところだったんだぞ!!」

 誰も何も言わなかった。
 それからいじめは無くなった。
 でも、それで終わりじゃなかった。
 ある日から栞が学校に来なくなった。
 連絡もつかない。
 担任に何度も聞いて、やっと教えてもらった。

「栞はな、入院している」

 目の前が真っ暗になった

 病院にいき栞にあった。
 病院のベッドの上で栞は笑っていた。

「久しぶり」

「お、おう」

 会うたびに栞はすごく細くなっていた。
 辛いだろうけど、俺が会いに行くと栞は笑う。
 俺は毎日会いに行った。
 毎回くだらない会話をした。
 ピヨ吉を見せ合って笑った。
 
 ある日、栞が言った。

「ねぇ」

「なんだよ」

「私たちの最初の関わりって最悪だったね」

「知ってるわ」
 
 栞は少し笑う。

「でもね、来てくれて、よかった。」

 帰り際栞が言った。

「これ、持ってて」

 差し出されたのはピヨ吉だった。

「見守ってるから」

 その言葉がやけに引っかかった。


 それから数日後

 栞は静かにこの世から居なくなった。



 通夜は雨だった
 線香の匂いが重い。
 何も考えられず、ただ立っていた。

「あの…」

 振り向くと栞のお母さんだった。

「栞がねよく話していたの」
 
 「栞がね、これ渡して欲しいって言っててもらってくれないかな。」

 栞のお母さんから渡されたのは1冊のノートだった。

 家に帰って俺は、震える手で開いた




 『今日、また話しかけられた。うるさい』
 『あいつピヨ吉が好きなんだって、可愛らしいところもあるんだな』
 『いじめられた時助けてくれたな』
 『治ったって思っていたけど、再発しちゃった。しかも転移してるらしい』
 『余命言われちゃった、1ヶ月持つかわからないて』
 『神様は敵だね。なんで私なの』
 『私はもう長くない、そう思った、あいつに伝えたいことたくさんあるのに』
 
 ページを捲るたびに息が苦しくなる

 『今日、あいつに、「来てくれてよかった」って伝えられた』
 『本当はね、もっと一緒にいたかった』
 『あいつとかじゃなくて名前で呼びたかったな』
 
 俺の視界が滲む

 『幹太ならちゃんと生きてくれる気がする』
 『幹太大好きだよ』

 気づいたらぐちゃぐちゃに泣いていた
 
「ふざけんじゃねーぞ」

 

「勝手に期待してんじゃねーぞ」

 それでも…

「…俺、ちゃんと生きるわ」

 あいつが信じたからだ
 教室の窓際
 あいつのいた席を見ながら、俺は座る。
 カバンの中でピヨ吉が揺れた。
 
「栞見てんだろ」

 小さく呟く

「サボってねぇぞ」
 
 俺は前を向く。
 逃げない。
 もう、サボらない。

「俺、医者になるわ」
 
 誰に言ったのかなんて、わからない。
 でも
 あいつが見ているなら、 
 ちゃんと生きなきゃ行けないと思った。



 『サボり魔と呼ばれた君。』 end