翌朝、私は会社のデスクで、エクセルのセルを見つめながら固まっていた。
画面には、備品管理表。
カーソルは「コピー用紙A4」の行で点滅している。
本来なら、発注数を入れて、在庫数を確認して、上司に提出するだけの平和な作業である。
なのに、私の頭の中では別の文字が点滅していた。
『明日は太陽さんと初めてのスペシャル対談。テーマは“運命の恋”。楽しみです』
運命の恋。
朝比奈絵里奈の、あのストーリー。
やめてほしい。
朝から職場の備品管理表にまで、運命の恋を侵入させないでほしい。
私は深呼吸をして、発注数の欄に数字を入れた。
2000。
違う。
コピー用紙2000箱で会社を紙の城にする気か。
私は慌てて削除し、正しい数字を入力し直した。
「風早さん」
名前を呼ばれて顔を上げると、志村優斗が隣に立っていた。
紺色のジャケットに白いYシャツ。
いつも通り、派手さはない。
けれど、寝不足の目にはその落ち着いた配色がやけに優しかった。
「この見積書、午後イチの会議で使う分です。確認お願いできますか」
「あ、うん。見るね」
受け取ろうとした瞬間、手元のマウスが滑った。
画面の発注数欄に、今度は謎の文字列が入力される。
jjjjjjj。
パソコンよ。
私の心の乱れをローマ字で表現しないで。
「……すみません、ちょっと手が」
「大丈夫です」
志村は笑わなかった。
からかいもしなかった。
ただ、画面を見て、静かに言った。
「今日は、午前の細かい発注、僕が拾っておきます。風早さんは見積書だけ見てもらえれば」
「え、でも」
「昨日、僕が一部データ触ってますし。そのほうが早いです」
嘘だ。
たぶん、昨日のデータはほとんど私が触っている。
志村はそれをわかっていて、私の仕事を一部持っていこうとしている。
「いや、大丈夫。ちゃんとやるから」
「ちゃんとやろうとしてるのは、わかります」
彼は穏やかな声で言った。
「でも、今、コピー用紙を2000箱頼みかけてました」
見られていた。
社会人としての信用が、コピー用紙2000箱分崩れ落ちる音がした。
「……会社を紙で守ろうと思って」
「防御力は高そうですね」
志村の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
意外と返してくる。
「じゃあ、発注はお願いします。見積書、先に見ます」
「はい。お願いします」
志村はそれだけ言って、自分の席へ戻っていった。
余計な詮索をしない。
でも、ちゃんと見ている。
その距離感に、私は少しだけ息ができた。
画面には、備品管理表。
カーソルは「コピー用紙A4」の行で点滅している。
本来なら、発注数を入れて、在庫数を確認して、上司に提出するだけの平和な作業である。
なのに、私の頭の中では別の文字が点滅していた。
『明日は太陽さんと初めてのスペシャル対談。テーマは“運命の恋”。楽しみです』
運命の恋。
朝比奈絵里奈の、あのストーリー。
やめてほしい。
朝から職場の備品管理表にまで、運命の恋を侵入させないでほしい。
私は深呼吸をして、発注数の欄に数字を入れた。
2000。
違う。
コピー用紙2000箱で会社を紙の城にする気か。
私は慌てて削除し、正しい数字を入力し直した。
「風早さん」
名前を呼ばれて顔を上げると、志村優斗が隣に立っていた。
紺色のジャケットに白いYシャツ。
いつも通り、派手さはない。
けれど、寝不足の目にはその落ち着いた配色がやけに優しかった。
「この見積書、午後イチの会議で使う分です。確認お願いできますか」
「あ、うん。見るね」
受け取ろうとした瞬間、手元のマウスが滑った。
画面の発注数欄に、今度は謎の文字列が入力される。
jjjjjjj。
パソコンよ。
私の心の乱れをローマ字で表現しないで。
「……すみません、ちょっと手が」
「大丈夫です」
志村は笑わなかった。
からかいもしなかった。
ただ、画面を見て、静かに言った。
「今日は、午前の細かい発注、僕が拾っておきます。風早さんは見積書だけ見てもらえれば」
「え、でも」
「昨日、僕が一部データ触ってますし。そのほうが早いです」
嘘だ。
たぶん、昨日のデータはほとんど私が触っている。
志村はそれをわかっていて、私の仕事を一部持っていこうとしている。
「いや、大丈夫。ちゃんとやるから」
「ちゃんとやろうとしてるのは、わかります」
彼は穏やかな声で言った。
「でも、今、コピー用紙を2000箱頼みかけてました」
見られていた。
社会人としての信用が、コピー用紙2000箱分崩れ落ちる音がした。
「……会社を紙で守ろうと思って」
「防御力は高そうですね」
志村の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
意外と返してくる。
「じゃあ、発注はお願いします。見積書、先に見ます」
「はい。お願いします」
志村はそれだけ言って、自分の席へ戻っていった。
余計な詮索をしない。
でも、ちゃんと見ている。
その距離感に、私は少しだけ息ができた。



