風が吹きすさぶ外に、皇帝陛下をいつまでも立たせるわけにはいない。公爵邸に招き入れた私とグレン様は、応接室に入るなり、暖炉の火が一番当たる長椅子をかの方に勧める。
茶の用意をしてくれた使用人が部屋を辞したのを確認してから、ヘリオス陛下は背もたれに身を預けて本題を切りだした。
「クロエ、お前にはグレンと共に、隣国ロクサーヌに行ってもらいたい」
「え……?」
ロクサーヌ王国といえば、シェラーデン帝国の友好国だ。しかし何故そこへ赴かなくてはならないのか皆目見当がつかず、私は一つ瞬きをする。
「我々の暮らす大陸では、五百年前に魔法薬の歴史が一度途絶えている。それを復活させるべく、我が国では騎士団のグレンや、魔法薬師のクロエが身を粉にして尽力してくれているな。そしてその取り組みは、ロクサーヌでも行われている」
迫害を受けた先の時代の魔法薬師が、魔法薬の作製方法を記した古文書。それが投棄されているイルリク山脈に兵を派遣し、回収を行うのがグレン様の主な仕事。そして持ち帰られた古文書を読み解き、復元させるのが魔法薬師である私の役目だ。
(我が国よりもロクサーヌの方が古文書の回収に積極的で、三十年前に王都をわざわざイルリク山脈の麓に移したって、聞いたことがあるわ……)
ヘリオス陛下の向かいの長椅子にグレン様と並んで腰かけた私は、知っている情報を頭に思い浮かべる。私たちが着席すると、ヘリオス陛下は前のめりになり、指を組んで言った。
「……半年前、ロクサーヌの第三王女が率いる王室騎士団の特務部隊が、Sランクの古文書をイルリク山脈から持ち帰った」
「Sランクのですか……!?」
私は驚倒し、ティーカップに伸ばしていた手を止める。隣にかけたグレン様が落ちついているのを見るに、彼は視察帰りにある程度の情報をすでに共有されているのかもしれないと思った。
ちなみに魔法薬は希少価値や危険度によって細かくランク分けがされており、未だ発見に至っていない不老の霊薬や、人間への使用を国際的に禁じられた、相手を意のままに操れる服従の薬などは、Sランク扱いとなっている。つまり今回発見された魔法薬の古文書は、それらに匹敵するものということだ。
「持ち帰った古文書を解析したところ『蘇りの薬』と古語で記されていたそうだ」
ヘリオス陛下の言葉に、私は息を呑む。彼は話を続けた。
「死者を蘇らせる魔法薬の復元方法が分かれば、世の中の常識が変わる。言うまでもなくSランクの魔法薬だ。だが……回収された古文書は五百年の間に風化し、石板に欠損部分が多く、ロクサーヌの魔法薬師の誰も、復元に至っていないらしい」
私は膝の上で重ねた手を、ピクリと揺らす。Sランクの魔法薬の古文書なんて、目にしたことがない。
(どんな材料が使われているのかしら……。いいな、一度でいいから直接眺めてみたい)
好奇心に肩を叩かれて目を爛々(らんらん)と輝かせる私は、グレン様が横目でこちらに視線を寄越していることにも気付かない。
「そ、それで、どうなったのですか?」
続きを促す私に向かって、ヘリオス陛下は子猫を眺める飼い主に似た視線を送ってきた。
「希少価値の高い魔法薬の古文書が発見された場合、自国での解明が難航すると、解析結果の情報を共有するのを条件に、同盟国に調査協力を仰ぐことがままある。――そう。ロクサーヌから、我が国に協力依頼が舞いこんだ」
「まあ……! すごいことですね……!」
私は元々大きな若草色の瞳を、零れ落ちそうなほど見開いた。興奮により、全身の血液がすごい勢いで駆け巡っていくのを感じる。本でしか知らなかった地に初めて足を踏み入れたような興奮がせり上がった。
子供みたいに目を輝かせる私に、ヘリオス陛下はズイと顔を寄せる。ここからが本題なのだろう。紡がれた言葉には熱が籠っていた。
「それで、だ。蜜月のお前たちに、世継ぎに待ったをかけたのには理由がある。――クロエ、魔法薬師としてロクサーヌに行き、蘇りの薬を復元させてくれないか」
「まあ……、――……ええっ?」
まるで次期国王に任命されたかのような衝撃が走り、頭が真っ白になる。母国語を忘れてしまったわけでもないのに、両手で覆った口からは言葉が出てこない。ただ、興奮と恐れ多さ、そしてそれを凌駕するほどの喜びで全身が震えた。

