裏社会のドンは私を人質にできない

 マリオとは転校先の高校で出会った。
 明るくて人懐っこい反面、すぐに手が出る男だと聞いていた。
 殴るのも、優しく触れるのも。

 関わらない方が良いとは分かっていたのに、目が離せなくなる瞳をした彼を、気がつけば追っていた。
 何度も視線が絡む放課後、ついにアイツと目が合った。

『うわ。……なが』
『は?』

 何のことか分からず、声が漏れる。
 アイツは机の上で自分の腕にもたれたまま指先を目元に伸ばした。

『まつげ』

 それがマリオとの初めての会話だ。
 この日から、私の平穏な心が彼に崩されていく。
 彼と関わってしまったこと――私は、ずっと後悔してる。

「……久しぶりだな」

 その声に現在へと引き戻された。
 お尻に添えていた手を離して、マリオが起き上がる。
 トタトタと足音が近づいてくると、朱里と呼ばれた少女がマリオの足に抱き着いた。

「姉さんにあいさつもしろよ」
六条 朱里(ろくじょう あかり)です!」

 無邪気に笑う朱里ちゃんの挨拶を聞いて、私も自己紹介を引っ張り出す。

「朱里ちゃん、ね。今日からこのおうちで……住み込みベビーシッターをする、梶 花日音(かじ かひね)です」

 朱里ちゃんはまっすぐその大きな瞳を向けてきた。
 目が合えば泣かれるかも知れない。不安になって、目を逸らす。

「んじゃ、オヤジは姉さんと話があっから、朱里は眞城(ましろ)と遊んでな」
「……お任せを、カシラ」

 マリオが視線をやった方向に私も顔を向けると、いつの間にか長身の男が立っている。

「わっ」
「まーちゃん、こわぁい!」

 そういえば人を呼んでくるように、マリオが頼んでいた。
 足音もなくて気づかなかった。
 眞城と呼ばれた男は私に小さく頭を下げると、朱里ちゃんと部屋を出て行った。

「おまえはこっちに頼むわ」

 優しかった声音が刺すような冷たい色に変わる。
 目を合わせずに、言われるままに後を追った。

 するとため息交じりにマリオが私を振り返る。

「おまえ。ここがどういうとこか、分かってんのか?」
「え?」

 言われて思い出す。
 ここが、来る者を拒絶するような門構えの、危なっかしい家だということを。
 それにマリオはこの家で、カシラ……なんて呼ばれている。

「ここに入った時点で、おまえはウチの人質だ」

 ――人質?
 何を言っているの、コイツ。

 心臓の表面が苦しい。ここにいてはダメ……逃げるべきよ。
 マリオの冷たい声を、より印象付けるかのように部屋が暗くなっていく。
 降り始めた雨音が、これからの不安を予感させた。

 なのになぜだろう。
 怖いのに、どうしても目が逸らせない。
 初めてコイツと話した、あの高校時代のように――。