裏社会のドンは私を人質にできない

 先輩たちが次々と仕事に出かけていく。
 就活浪人を繰り返し、ようやく入社したこの職場で、私にだけ仕事がなかった。

(もっと優しい目つきだったら良かったのに)

 窓ガラスに映る自分の顔を見ながら、微笑む練習をする。
 最近、ある家族との面談で子供に泣かれてしまった。
 クチコミには「人柄だけでベビーシッターは無理」と書かれていたのを思い出した。

「ヒマそうだね。花日音(かひね)

 社長の番条(ばんじょう)さんは、シルバーのショートヘアをなびかせ、いつものように淡い黄色の着物を着こなしながら話しかけてきた。

「消耗品の補充も、洗濯も終わってしまったので」
「そうか。まさかこんなに面談で落ちるとはね」
「すみません」
「良いんだよ。世間様の見る目がないのさ」

 そう言って慰めてくれているのに、私の気持ちにはまだ雲がかかっていた。
 そんな優しい番条さんは、夫の不貞を知って半殺しにする勢いで離縁し、その時の慰謝料でこのベビーシッター派遣所を作ったという。
 怒ると怖い女性だから、黒い着物の方がお似合いになる(それっぽい)だろう。きっと。
 
「ま、そこでだ。ひとつ頼まれてくれないか?」
「? 買い物ですか」
「知り合いの家のモンから、個人的な依頼が来ていてね。誰でも良いから寄越せと」
「……!」
「やるかい?」
「っ……でも、またこの目つきで、子供を泣かせてしまうかも」

 そうだ。どうせ、またダメに決まってる。

「それは大丈夫だろう。なんでも最初は緊張するものだよ」

 しかし、番条さんは私の自身の無さを払うように私の肩へ手を置く。

「自信を持てとは言わない。育ててきな。アンタはそれができるだろうから」

 番条さんの言葉に心が揺れる。

 今回の仕事に、賭けてみようか。
 ずっと子供と触れ合う仕事がしたかったんだ。
 このままでは、終われないよね。

「ただ、ひとつ懸念があるとしたら……」
 
 勇気を出して顔を上げた私に、番条さんは困り笑いで続けた。

「初回の仕事にしては、危なっかしいおうちってとこだけどね」