あんなに皆に求められているのに、彼は一度も足を止めない。
私の歩調を崩さないように、ずっと合わせて歩いてくれていた。
(もしかして、私と一緒にいたいから断ってくれてるのかな……?)
一瞬、そんな自惚れた考えが頭に浮かぶ。
(……そんなわけないよね。私がおっちょこちょいだから、心配してくれてるだけ)
そんな期待と否定を繰り返しているうちに、
別れ道に辿り着いた。
「もうこの辺で大丈夫だよ。あとは一人で行けるから」
「……もういいのか?」
「過保護すぎ!」
目を細めて突っ込むと、突然——
頬が”むぎゅっ”と掴まれた。
「なんか言ったか?」
意地悪そうに笑う目。
「……はなして……」
私がさらに目を細めながら返すと、
彼は笑いながら手を離した。
「終わったらすぐ連絡しろよ。知らないやつに声かけられても、ついて行ったらだめだからな。いいな?」
颯は私の乱れた前髪を軽く整え、
念を押すように私の目を見た。
「わ、わかってるって……近い……」
私は少し顔を熱くしながら彼に背を向けると、
「じゃあね」と別れを告げて一人、歩き出した。
——この時、私はまだ知らなかった。
私が自ら「隣がいい」と言い出す何ヶ月も前から、
彼がこのマンションの情報を私に吹き込んでいたことも。
彼がいつの間にか私の部屋の合鍵を、
自分のキーホルダーのように当然な顔で付け加えていることも。
そして、昨夜。
——もう二度と、お前を外の世界になんか出さない。
あの声が、
夢でも幻聴でもなく、
彼の本心だったことも。
***

