——夏祭りの翌朝。
私は鏡の前で、自分の耳たぶに触れた。
赤みはほとんど引いているけれど、
指先でなぞるとわずかにその跡が残っていた。
あの時、颯がつけた——「印」。
(……本当にお兄ちゃんに、噛まれちゃったんだ)
それは恐怖というよりも、
熱に浮かされたような、ふわふわとした感覚。
「お兄ちゃん」という安全な言葉の裏に
隠されていた一人の「男」としての顔。
私はそんな颯に
どう接したらいいか分からずにいた。
「おはよう、美桜。朝食できてるぞ」
201号室のドアを開けると、
エプロン姿の颯が満足そうに優しい笑みで私を迎え入れた。
あの「印」をつけたことへの、
彼なりの達成感なのだろうか。
「あ、うん。……お兄ちゃん、なんか楽しそうだね」
「そうか? お前が昨日、嬉しそうに花火を見てたのが、俺も嬉しかっただけだよ。……ほら、髪が乱れてる。じっとしてろ」
颯は私の耳元に手を伸ばすと、
噛み跡が残るその場所を、
親指の腹でゆっくりとなぞった。
わざと、昨夜の記憶を呼び起こすように。
「……んっ」
「ん? ……ああ、まだ少し赤いな。虫にでも刺されたかな」
意地悪そうに笑いながら、
彼は私の耳を髪で隠すように整えた。
その指先が、あの時のことを
鮮明に思い出させるようで、
私は逃げるように食卓についた。

