闇深兄の溺愛 〜甘いデザートには、一滴の毒を〜



「……あの人、なんか距離感バグってない? 普通じゃないと思うんだけど」

「……え?」

「うそ、気づいてない? ……ぜっったい、妹を見る目じゃないって。心配してるっぽく見せてるけど……主人公の世界を少しずつ削って、最後は主人公の『自由』を全て奪う——あの本みたいに、実際は美桜ちゃんの行動を狭めてる気がするんだよね」


碧くんの話に、私は言葉を詰まらせた。


彼の言うことが、どこかで
「正論」なのは分かっている。


颯の独占欲が、時々、
息が詰まるほど重いことも……


けど。


同時に彼のそれは、寂しさや
孤独から来ているということも私は知っている。


家族に愛されなくて、
誕生日の祝われ方も知らない。

私がいないと、料理も満足にできない。



本当は、少年のような心を持った、

脆くて優しい人。



「……ううん。お兄ちゃんは、少し過保護だけど……私を大切にしてくれてるだけなの」

「本当に? ”スマホを預けろ”なんておかしくない? それに、あの人……誰にも触れさせない、自分だけの”所有物”を見るような目に見えたけど」



碧くんの鋭い言葉が胸に深く刺さる。



私が俯くと、彼は私の手をそっと握った。

力強い、けれど優しい温度で。



「今日断ったのだって、お兄さんの命令でしょ?」

「……え」



顔を上げると、碧くんはふっと表情を和らげた。



「わかるよ、それくらい。……困ってるなら、なんでも言って。俺に頼っていいから」



いつものチャラさが感じられないほど
まっすぐで真剣な瞳に、心が大きく揺さぶられる。



りんご飴を握る手が少しだけ震えた。



彼が触れる手に、
わずかに力を入れたその時——




「もう、話は終わったかな」




夏の熱気を一気に凍らせるような
淡々とした声が、背後から響く。


いつの間にか戻っていた颯が、
完璧な笑顔を向けて立っていた。



「先輩……」

「買いに行っている間に、随分と仲良くなったみたいだね」



そう言うと颯は碧くんに向けて
買ったばかりのベビーカステラの袋を差し出した。



「……君も、食べる?」

「……」



碧くんが警戒するように黙り込むと、
それを見た颯が軽く笑う。



「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。美桜に話しかけたくらいで、『毒』を混ぜたりしないから。……けど」



颯はゆっくりと歩み寄ると、
私の手からりんご飴を取り上げた。



そして碧くんを真っ直ぐに
見据えたまま——




「カリッ」




音を立てるようにしてりんご飴を(かじ)った。



「……やっぱり甘いね。これは、美桜の口には合わないな」

「ちょっ、何してんすか……!」

「上城くん。君は人の妹に、随分と失礼な『物語』を吹き込むんだね。その程度で俺たちの間に割り込めると思っているなら、滑稽すぎて笑えないよ」



颯は私の肩を痛いくらいに抱き寄せると、
私には見えない角度で碧くんを冷たく見下ろすように言った。



「……これ以上、俺たちの領域にズカズカと入ってこないでくれるかな」



唖然とした様子で立ち尽くす碧くん。

静まりかえった空気に流れる祭りの音。



颯は彼を気にすることなく、
私の肩を持ったまま歩き出した。



「……行こう、美桜。花火が始まる」



彼の強引さと、
碧くんの引き攣った表情に戸惑いつつも、



そこに漂うシトラスの香りと颯の体温に、



私の思考は、麻痺していった。